「望美、後ろ向け」
 「後ろ?なんで?」
 「いいから、ほら」
 「ん、了解」

 将臣に言われたとおりに後ろを向くと、首元に冷たい感覚。
 細いチェーン。
 ピンク色の水晶がはめられた小さな蝶々。

 「・・・これ!?」
 「やるよ」
 「・・・なんで、これ」
 「欲しそうにしてたからさ」

 華奢なそのネックレスは、前に将臣と2人で出掛けたときに気になっていたもの。
 高くはないけれど、安くもなくて、手を出すことを諦めたのに。

 「沖縄に行くためのバイト代じゃなかったの?」
 「いいんだよ、たまには。サプライズってのも悪くないだろ」

 笑う将臣は何にも気にしていないような態度。
 気負わない普段の延長線上のそれは嬉しくて、けれど将臣がバイトを頑張っていたのも事実で。

 「甘やかしすぎ・・・」
 「素直じゃねぇな。嬉しい、くらい言っとけ」
 「悔しいからイヤ」
 「ったく。仕方ねぇヤツ」
 「・・・・・・ありがと」
 「どういたしまして」

 そっぽを向いた望美の顔が赤かったのは本人には内緒だ。




 『サプライズプレゼント』






 「かっ・・・景時さん!!??」
 「ん?なに〜?」
 「『なに〜?』じゃなくてっ!!」

 背中を通して伝わる熱。
 身体の前に回された腕。
 肩に乗せられた頭の重み。
 頬に触れるやわらかい髪。

 「しばらくこのままじゃ、ダメ?」
 「・・・耳元でその声は卑怯です〜!!」

 甘えるような低い声が少し揺れているような感じがして、引き剥がせない。
 優しい優しいこの人は限界が来るまで一人で抱えっぱなしだから。

 「好きだよ、望美ちゃん」
 「いきなり、どうしたんですか?」
 「なんとなく。後ろ姿を見てたら、ね」

 声が弱い。
 反対に前に回された腕の拘束は力を増して。

 「どこにも行きませんよ」
 「うん、知ってる」

 そう言うわりに声は震えていて、強がっているようで。

 「不安ですか?」
 「そんなことないよ」

 不安でないなら、こんな縋るような抱きかたをしなくてもいいのに。
 弱さなんていくらでも一緒に抱えてあげるのに。

 「ここにいますよ」
 「そうだね」
 「私の帰る場所はここですから」
 「うん・・・。俺の帰る場所もここだよ」
 「知ってます」





 『後ろから抱き締める』






 「へっ?」

 急に肩を強く引き寄せられた。
 瞬間、横を走り抜けるのはそれなりにスピードの出た車。
 そんなに幅のある道ではないのに。

 「話に夢中なのは結構だが、もう少し気をつけろ」

 上から降ってくるのは抱き寄せてくれた本人の声。
 眉間に寄ったしわと鋭い黒曜石の視線が痛い。

 「ご、ごめんなさい!!」
 「まったく・・・。俺の寿命を縮めたいのか?」
 「滅相も無い!」
 「どうだかな?」
 「そんなことないってば!!」

 言うと同時に泰衡の腕からすり抜ける身体。
 勢いあまって車道側に大きく出たところに、向かってくるのはミニバン。

 「わきゃう!!」

 再び望美の身体は泰衡の腕の中。
 先程よりも抱き寄せる腕の力は強い。
 白昼堂々、道端で密着状態だ。

 「言ったそばから、これではな」
 「すいません・・・・・・」
 「本当に世話がかかる」
 「返す言葉もございません」

 ゆっくりと肩にかかる腕の力が抜けると同時に望美と泰衡の位置が入れ替わる。
 車道に面したほうに泰衡が立つ格好だ。

 「あまり、心配をかけるな」
 「はい」
 「自転車にまで轢かれるなよ」
 「そこまで抜けてないですよ!!」
 「どうだろうな?」

 あんな風に抱き寄せられるなら車道側でも良いかな、なんて怒られるから言わないけど。





 『車から守ってくれる』






 「わかんない・・・」

 机の上には宿題の山。
 目の前には一行も進まない日本史のレポート。

 「少し、休憩してはいかがですか?」
 「だめ〜!そんな暇はないの〜!!」

 机に突っ伏した頭をゆっくりと銀の手が撫でる。
 少し骨ばった、大きな手が優しい。

 「・・・銀?」
 「そんなに焦らずとも大丈夫ですよ」
 「でも・・・」
 「大丈夫です」

 ぽんぽんとあやすように、落ち着けるように、何度も撫でられる。
 包み込む優しさが少し恥ずかしい。

 「そうやって、子供扱いして〜」
 「そんなことはございませんよ」
 「あるよ。その撫でかたとか」

 ほとんど、言いがかり。
 照れ隠し以外のなんでもない。
 子供っぽいのなんて、百も承知。

 「望美の髪はつややかですから。つい、手が伸びてしまいました」
 「・・・・・・」
 「お嫌でしたか?」
 「・・・嫌じゃない」
 「本当に?」
 「銀の撫でてくれる手は、嫌いじゃない」

 まっすぐ顔が見られなくて、また顔を突っ伏す。
 顔に寝跡がつくのは困るけれど、真っ赤な顔を見られるよりはまだマシ。

 「耳が赤いですよ」

 くすくすと笑い声。

 「・・・っ〜!!意地悪!!!」





 『いいこ、いいこ』






 「と、知盛・・・」
 「・・・なんだ?」
 「あ、あの。えっと・・・」
 「どうした・・・?」

 信号待ちのスクランブル交差点。
 落ち着き無くそわそわしてる自分が周りから見て変なのはわかってる。
 わかってるんだけど・・・

 「その、あの・・・手!!」
 「手・・・?あぁ、これか」

 いつの間にか空いてたはずの左手は知盛の右手に捕まっていて。
 あまりにも知盛が自然体だったから、気がつくのが遅れて。
 今だって離す素振りを見せない。
 当然のことだと言うように。

 「今さら・・・赤くなるほどのことでもないだろう?」
 「でも、だって、初めてだよ?」
 「・・・気に入らないか?」
 「そうじゃないけど・・・」

 知盛は恋人らしい行動をするのを嫌がるのに、何の気の迷いだろう?
 放っておけば一日中家で寝てて、一緒に外に出るのだって一苦労なのに。
 明日は槍でも降るんだろうか?

 「どこぞのお嬢さんは・・・目を離すと、すぐに迷子になるからな・・・」
 「それって私のこと?」
 「・・・他に、誰が?」
 「そんなことないよ!」
 「つい、先日も・・・迷子になったばかりだと思ったがな・・・」

 確かに二週間前くらいに出掛けたときは人波にもまれて、はぐれたけど。
 それは、否定しないけど!!

 「あれは、知盛の歩くのが早いから!!人も多かったし・・・」
 「クッ・・・・・・」
 「笑うな!!」

 どうあがいたって知盛のほうが大人で、子供じみた反抗心なんてお見通し。
 いろいろ言ったって、手をほどこうとはしないのだって気付いているくせに。

 「ほどくか・・・?」
 「・・・・・・このままでいい」

 すっと持ち上げられる腕。
 指先にやわらかな感触。
 その先には満足そうな笑顔。

 「・・・っ!!公衆の面前で!!!」
 「誰も、気にしてなどいないさ・・・」








 コイツは絶対愉快犯だ。




 『さり気なく手をつなぐ』


 真面目に拍手を更新しようと決心、第一弾!!
 いつまで続くか、乞うご期待!


 070309作成