「げ、遅刻する!!」
「だから、何度も起こしたのに!」
「仕方ねぇだろ、昨日遅かったんだから」
「だからって二度寝までする!?」
「悪かったって!!」
今日の有川家は朝から大騒ぎだ。
といっても、1ヵ月に1度はあるような風景だから有川母はのんびりと笑っていたりする。
「ほらほら、無駄口叩いてると遅刻しちゃうわよ。望美ちゃんもごめんなさいね」
「いえ、もう慣れっこですから」
「チャリで行くしかねぇな。行ってきます!!」
「ちょっ!引っ張らないでよ、将臣くん!!じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
玄関を出るとすぐに将臣は慣れた手つきで自転車の鍵を外す。
その時間、およそ5秒。
すでに神業だ。
「飛ばすから、しっかりつかまってろよ」
「了解!」
望美が将臣の肩に手を置いて両足とも地面から離れたと同時に発進。
普段よりも高い視点で景色が流れるように過ぎていく。
自転車が空気を切る向かい風に望美の長い髪が靡く。
「そういえば、なんで自転車なの?」
「なに?風で聞こえねぇ!!」
「なんで、バイクじゃないの〜!!!」
「免許取ってから1年経たないと2人乗りできねぇ!!」
大声で話しているうちに学校に到着。
けれど、自転車置き場は校舎から遠いからまだ油断は禁物だ。
教室まで走りこまなければならない。
始業のベルが鳴るまであと1分半。
「私がいなかったほうが遅刻の危機回避だった?」
「ばぁか。俺がお前を後ろに乗せてたいんだから良いんだよ」
『タンデム』
「お、降ろしてください!」
「大人しくしていろ」
「自分で歩けますってば!!」
「足を捻ってるくせに、無理を言うな!」
「大丈夫です!」
話をしながら歩いていたせいで足元が疎かになっていた望美は浮き上がっていた木の根に躓いてしまった。
それだけなら大したことにはならなかったのだけれど、昨日降った雨のせいで山道はかなりぬかるんでいて。
着地点にうまくとどまっていられなかった足は思わぬ方向によろめいてしまったのだ。
「平気ですって、九郎さん!!」
「普通の道ならともかくここは山道だ。その足で歩けるわけないだろうが!!」
「でも、私重いしっ!」
「そうでもない」
「そうなんです!!・・・・・・それに」
「それに?」
「何でもないです!!」
躓いたときに話していたという理由で望美は九郎におぶわれていた。
とはいえ、望美がおとなしくおぶわれているはずもなく。
先に進まない不毛な口論はもう10分以上も続けられていた。
「俺におぶわれるのが嫌ならば、他の者に頼むか?」
「そういう意味じゃなくて!」
「じゃあ、」
なんなんだ、と続けようとしたところで望美が顔を真っ赤にしていることに気付く。
九郎とばっちり目が合った望美は視界から逃げようと九郎の肩に顔を埋めた。
「・・・恥ずかしいんですよ。この年になっておんぶとか・・・・・・」
くぐもった小さい声がかすかに耳に届く。
普段の雄雄しいほどに凛とした姿からは想像もできないような可愛らしい答えに苦笑した。
平家にとって脅威である戦神子であると同時に年相応の守るべき少女であることを思い出す。
「そういうところは普通に女なんだな」
「どういう意味ですかっ!!」
『おんぶ』
「泰衡さんの背中って大きいですよね」
「そうでもないと思うが?」
「大きいですよ〜」
伽羅御所の執務室内、文机に向かって書を読んでいる泰衡の背に自分の背を預けて望美は庭を眺めていた。
主の人柄を表すように暗い室内からは春の庭がとても眩しい。
咲き乱れる花もさえずる小鳥も舞い遊ぶ蝶も手が届きそうに近いのに異世界のように遠い。
静謐な空気だけが部屋を満たしていた。
「今日はやけに大人しいな」
「人の背中にもたれるの好きなんです」
「俺は重いのですよ、神子殿?」
「な゛っ!?」
「冗談だ」
投げ出すように伸ばした足の先まですっぽりと影の中。
春の日差しは渡殿の半分にも満たないところまでしか入らない。
暗く冷たいのに、流れる時間は緩やかで伝わる熱は暖かで。
望美はことりと黒く大きな背中に頭を預ける。
「こういうゆっくりした時間って来ないような気がしてたんですよね」
「そうか」
「どこもかしこも戦ばかりで、私は白龍の神子ですから」
「そうだったな」
泰衡が読み終わった書をゆっくりとたたむ。
背中越しにかすかに伝わる振動が心地よい。
うっかり眠ってしまいそうだ。
「お前のおかげだな」
「え?」
「こういう時間も、お前といるのも嫌いではない」
「・・・。いっ今、なんて!?」
さりげなくなにげなく呟かれた一言。
動揺するのに十分すぎるそれ。
「好ましい、と言えばご満足いただけるか?それとも好きだ、と?」
『背中合わせ』
「姫君、ちょっといいかい?・・・って寝てるのか」
覗き込んだ部屋の中で望美は無防備に昼寝をしていた。
近くには白龍からもらったという普段使っている剣が置いてあるから、 完全に無防備というわけではないのだろうけれど。
ヒノエが部屋に入っても、望美が起きる気配はない。
鴇色の長い髪を床に散らして気持ちよさそうな寝息を立てていた。
「何もかけずに寝るなんて、風邪をひく気かい?」
「ん・・・・・・」
近くの部屋から上掛けを持ってきて、起こさないように優しくかける。
長く艶やかな髪を指に絡めながら寝顔を覗く。
本当に気持ちよさそうだ。
「まぁ、毎日毎日戦い詰めじゃあ仕方ないか」
無防備な寝顔を見ているだけではごくごく普通の愛らしい少女。
けれど彼女の手足はあちこち擦り傷や切り傷がついているし。
毎日剣を握っているせいで両手は肉刺だらけなのは傍にいる者なら皆が知っていた。
源氏に望まれる戦乙女。
強く気丈に振舞っていても望美が17歳の普通の少女であることにかわりはないのだが。
部屋を出ようとヒノエはゆっくりと立ち上がろうとする。
寝ている望美の傍にいつまでもいたのでは、何を言われるかわかったものじゃない。
朔や譲ならともかく弁慶に嫌味を言われるのはごめんだ。
衣の袖をクイッと引っ張られる感覚があった。
「・・・いつの間に。困ったね、いつもの上着だったら置いていけたんだけど」
黄から橙、赤へと色が移っていく着物の袖を望美がしっかりと握っている。
無理に手をはずそうとすれば、起きてしまうかもしれない。
「役得ってことにしとこうかな?」
どうせ暇だったし、とヒノエは望美の横に寝転がる。
しっかりと向かい合うような体勢で。
朔の声で2人が起きるまであと2時間。
『添い寝』
「知盛、望美迎えに行ってくるけどついてくるか?」
「いく」
外は真っ黒な雲が立ち込めて、強い雨が降っている。
図書館に出掛けている望美は傘を持っていなかったため、メールが来たのだ。
玄関で知盛が靴を履き終わるのを見ながら傘立てに手をやって思い出す。
ここには大人用の傘しかないのだ。
「お前、傘無かったんだな」
「・・・おるすばん?」
「ちゃんと連れてくから心配すんな」
不安そうに見上げてくる知盛の頭を将臣はくしゃくしゃと撫でる。
とはいえ、将臣と知盛の身長差はだいたい70cm。
普通に相合傘ができるはずもない。
「仕方ねぇ。知盛、こっち来い」
「なに?・・・っ!」
「しっかり掴まってろよ」
「たかい」
将臣は知盛を片腕で抱き上げると、傘をさして歩き出す。
小さな手が将臣の頭の上にちょこんとのせられる。
4〜5歳の子供は決して軽くは無い。
頭のほうにかかる重さに少し苦労しながら、将臣は人を巧みに避けて雨降る路地を歩いていく。
図書館の前には望美が立って待っていた。
その姿を見ると知盛がはやくと急かす。
「悪い、待たせた」
「そんなことないよ。知盛もお迎えありがと」
「うん」
視線を合わせるようにしゃがんだ望美に頭を撫でられた知盛が嬉しそうに笑う。
その笑顔にこのまま元に戻らなくてもいいかなぁ、なんて望美は思ってしまったりする。
「じゃ、帰るか」
「かえりはのぞみといっしょがいい」
「私は将臣くんみたいに抱っこできないよ?」
「じぶんであるける」
帰り道、望美の手は知盛の小さな手にしっかりと握られていた。
『相合傘』
真面目に拍手を更新しようと決心、第二弾!!
ってこれ以降、更新停滞したんですけど・・・
ちびチモで相合傘ってのが個人的に面白かったです。
070407作成
「だから、何度も起こしたのに!」
「仕方ねぇだろ、昨日遅かったんだから」
「だからって二度寝までする!?」
「悪かったって!!」
今日の有川家は朝から大騒ぎだ。
といっても、1ヵ月に1度はあるような風景だから有川母はのんびりと笑っていたりする。
「ほらほら、無駄口叩いてると遅刻しちゃうわよ。望美ちゃんもごめんなさいね」
「いえ、もう慣れっこですから」
「チャリで行くしかねぇな。行ってきます!!」
「ちょっ!引っ張らないでよ、将臣くん!!じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
玄関を出るとすぐに将臣は慣れた手つきで自転車の鍵を外す。
その時間、およそ5秒。
すでに神業だ。
「飛ばすから、しっかりつかまってろよ」
「了解!」
望美が将臣の肩に手を置いて両足とも地面から離れたと同時に発進。
普段よりも高い視点で景色が流れるように過ぎていく。
自転車が空気を切る向かい風に望美の長い髪が靡く。
「そういえば、なんで自転車なの?」
「なに?風で聞こえねぇ!!」
「なんで、バイクじゃないの〜!!!」
「免許取ってから1年経たないと2人乗りできねぇ!!」
大声で話しているうちに学校に到着。
けれど、自転車置き場は校舎から遠いからまだ油断は禁物だ。
教室まで走りこまなければならない。
始業のベルが鳴るまであと1分半。
「私がいなかったほうが遅刻の危機回避だった?」
「ばぁか。俺がお前を後ろに乗せてたいんだから良いんだよ」
『タンデム』
「お、降ろしてください!」
「大人しくしていろ」
「自分で歩けますってば!!」
「足を捻ってるくせに、無理を言うな!」
「大丈夫です!」
話をしながら歩いていたせいで足元が疎かになっていた望美は浮き上がっていた木の根に躓いてしまった。
それだけなら大したことにはならなかったのだけれど、昨日降った雨のせいで山道はかなりぬかるんでいて。
着地点にうまくとどまっていられなかった足は思わぬ方向によろめいてしまったのだ。
「平気ですって、九郎さん!!」
「普通の道ならともかくここは山道だ。その足で歩けるわけないだろうが!!」
「でも、私重いしっ!」
「そうでもない」
「そうなんです!!・・・・・・それに」
「それに?」
「何でもないです!!」
躓いたときに話していたという理由で望美は九郎におぶわれていた。
とはいえ、望美がおとなしくおぶわれているはずもなく。
先に進まない不毛な口論はもう10分以上も続けられていた。
「俺におぶわれるのが嫌ならば、他の者に頼むか?」
「そういう意味じゃなくて!」
「じゃあ、」
なんなんだ、と続けようとしたところで望美が顔を真っ赤にしていることに気付く。
九郎とばっちり目が合った望美は視界から逃げようと九郎の肩に顔を埋めた。
「・・・恥ずかしいんですよ。この年になっておんぶとか・・・・・・」
くぐもった小さい声がかすかに耳に届く。
普段の雄雄しいほどに凛とした姿からは想像もできないような可愛らしい答えに苦笑した。
平家にとって脅威である戦神子であると同時に年相応の守るべき少女であることを思い出す。
「そういうところは普通に女なんだな」
「どういう意味ですかっ!!」
『おんぶ』
「泰衡さんの背中って大きいですよね」
「そうでもないと思うが?」
「大きいですよ〜」
伽羅御所の執務室内、文机に向かって書を読んでいる泰衡の背に自分の背を預けて望美は庭を眺めていた。
主の人柄を表すように暗い室内からは春の庭がとても眩しい。
咲き乱れる花もさえずる小鳥も舞い遊ぶ蝶も手が届きそうに近いのに異世界のように遠い。
静謐な空気だけが部屋を満たしていた。
「今日はやけに大人しいな」
「人の背中にもたれるの好きなんです」
「俺は重いのですよ、神子殿?」
「な゛っ!?」
「冗談だ」
投げ出すように伸ばした足の先まですっぽりと影の中。
春の日差しは渡殿の半分にも満たないところまでしか入らない。
暗く冷たいのに、流れる時間は緩やかで伝わる熱は暖かで。
望美はことりと黒く大きな背中に頭を預ける。
「こういうゆっくりした時間って来ないような気がしてたんですよね」
「そうか」
「どこもかしこも戦ばかりで、私は白龍の神子ですから」
「そうだったな」
泰衡が読み終わった書をゆっくりとたたむ。
背中越しにかすかに伝わる振動が心地よい。
うっかり眠ってしまいそうだ。
「お前のおかげだな」
「え?」
「こういう時間も、お前といるのも嫌いではない」
「・・・。いっ今、なんて!?」
さりげなくなにげなく呟かれた一言。
動揺するのに十分すぎるそれ。
「好ましい、と言えばご満足いただけるか?それとも好きだ、と?」
『背中合わせ』
「姫君、ちょっといいかい?・・・って寝てるのか」
覗き込んだ部屋の中で望美は無防備に昼寝をしていた。
近くには白龍からもらったという普段使っている剣が置いてあるから、 完全に無防備というわけではないのだろうけれど。
ヒノエが部屋に入っても、望美が起きる気配はない。
鴇色の長い髪を床に散らして気持ちよさそうな寝息を立てていた。
「何もかけずに寝るなんて、風邪をひく気かい?」
「ん・・・・・・」
近くの部屋から上掛けを持ってきて、起こさないように優しくかける。
長く艶やかな髪を指に絡めながら寝顔を覗く。
本当に気持ちよさそうだ。
「まぁ、毎日毎日戦い詰めじゃあ仕方ないか」
無防備な寝顔を見ているだけではごくごく普通の愛らしい少女。
けれど彼女の手足はあちこち擦り傷や切り傷がついているし。
毎日剣を握っているせいで両手は肉刺だらけなのは傍にいる者なら皆が知っていた。
源氏に望まれる戦乙女。
強く気丈に振舞っていても望美が17歳の普通の少女であることにかわりはないのだが。
部屋を出ようとヒノエはゆっくりと立ち上がろうとする。
寝ている望美の傍にいつまでもいたのでは、何を言われるかわかったものじゃない。
朔や譲ならともかく弁慶に嫌味を言われるのはごめんだ。
衣の袖をクイッと引っ張られる感覚があった。
「・・・いつの間に。困ったね、いつもの上着だったら置いていけたんだけど」
黄から橙、赤へと色が移っていく着物の袖を望美がしっかりと握っている。
無理に手をはずそうとすれば、起きてしまうかもしれない。
「役得ってことにしとこうかな?」
どうせ暇だったし、とヒノエは望美の横に寝転がる。
しっかりと向かい合うような体勢で。
朔の声で2人が起きるまであと2時間。
『添い寝』
「知盛、望美迎えに行ってくるけどついてくるか?」
「いく」
外は真っ黒な雲が立ち込めて、強い雨が降っている。
図書館に出掛けている望美は傘を持っていなかったため、メールが来たのだ。
玄関で知盛が靴を履き終わるのを見ながら傘立てに手をやって思い出す。
ここには大人用の傘しかないのだ。
「お前、傘無かったんだな」
「・・・おるすばん?」
「ちゃんと連れてくから心配すんな」
不安そうに見上げてくる知盛の頭を将臣はくしゃくしゃと撫でる。
とはいえ、将臣と知盛の身長差はだいたい70cm。
普通に相合傘ができるはずもない。
「仕方ねぇ。知盛、こっち来い」
「なに?・・・っ!」
「しっかり掴まってろよ」
「たかい」
将臣は知盛を片腕で抱き上げると、傘をさして歩き出す。
小さな手が将臣の頭の上にちょこんとのせられる。
4〜5歳の子供は決して軽くは無い。
頭のほうにかかる重さに少し苦労しながら、将臣は人を巧みに避けて雨降る路地を歩いていく。
図書館の前には望美が立って待っていた。
その姿を見ると知盛がはやくと急かす。
「悪い、待たせた」
「そんなことないよ。知盛もお迎えありがと」
「うん」
視線を合わせるようにしゃがんだ望美に頭を撫でられた知盛が嬉しそうに笑う。
その笑顔にこのまま元に戻らなくてもいいかなぁ、なんて望美は思ってしまったりする。
「じゃ、帰るか」
「かえりはのぞみといっしょがいい」
「私は将臣くんみたいに抱っこできないよ?」
「じぶんであるける」
帰り道、望美の手は知盛の小さな手にしっかりと握られていた。
『相合傘』
真面目に拍手を更新しようと決心、第二弾!!
ってこれ以降、更新停滞したんですけど・・・
ちびチモで相合傘ってのが個人的に面白かったです。
070407作成