Franz Grillparzer "Kus"
「どうかしましたか?」
「え?」
「僕の手をずっと見ているようでしたから」
「えっと、それは・・・・・・」
「言いにくいことですか?」
薬草を選り分ける弁慶の手を望美はずっと見ていた。
飽きもせずにずっと。
薬草の選り分けが珍しいというわけではないだろうに。
「・・・弁慶さんの手って綺麗だなぁって。それだけです」
「そうですか?」
「だって、私みたいにガサガサじゃないし・・・」
「そんなことないですよ。望美さんの手もちゃんと綺麗です」
「でも・・・」
「僕は君や九郎のように剣を振るうわけではないから、それだけのことですよ。君の手は皆を守る素敵な手です」
あぁ、でも、そう。
君の手は、本当はもっと綺麗で良かった。
慣れない剣で肉刺をつくったり、胼胝をつくったりしなくても。
まして、血で濡れることなんて無くて良かったはずなのに。
君は巻き込んだ僕たちを責めるべきなのに。
そっと手を取る。
水仕事などとは違う荒れ方をしている、その手に。
掠めるような触れるだけの口付けを。
強く気高い君に尊敬を。
「べ、弁慶さんっ!?」
「あとで手荒れ用の軟膏をお渡ししますね」
「って、そうじゃなく!!」
「君の手は僕が守りますよ」
Auf die Hande kust die Achtung, 手なら尊敬
「痛っ・・・」
「どうした?」
「木に引っ掛けちゃいました」
「注意力が足りないからだ。怪我は無いか?」
「多分、大丈夫」
「なら、いいが・・・・・・」
望美の『大丈夫』はいまいちあてにならない。
それは九郎が数ヶ月をともに過ごすうちに知ったことだ。
望美はある程度のことなら大丈夫と言って無理をするのだ。
その挙句に倒れたりすることもあるのだから、つらいなら最初からそう言えばいい。
今だって、そう。
「望美」
「はい?」
「こっちに来い」
「え?」
「いいから」
視界から隠れるように額を擦っていたのに気付かないとでも思っていたのか。
だとしたら判断が甘い。
どうせ、心配をかけたくないなんて理由から隠すのだろうが。
九郎は望美の顔を覗き込んだ。
鴇色の前髪をそっと持ち上げる。
「変に擦っただろう。髪にまで血が付いている」
「あはははは・・・。バレちゃった」
「まったく、怪我をしたならさっさと言え」
「大丈夫ですよ。出血ほど酷くないし」
「額から血が流れていたら気持ち悪いだろう。・・・不快かもしれんが許せ」
「九郎・・・さん?」
血の止まらない傷口に唇を寄せる。
強めに吸って一応の止血。
「何もしないよりは良いだろう。屋敷に着いたら弁慶に診てもらえ。・・・・・・どうした?」
「な、何でもないです!!」
Freundschaft auf die offne Stirn, 額なら友情
唇に触れる柔らかな頬の感触。
突然のことに目の前の相手は普段から大きい目をさらに見開いていた。
「ヒノエくん!?」
「なんだい、姫君?」
「いや、なんだい?じゃなくて」
「驚かせたかな?」
「というより、突然すぎて何がなんだかよくわかんない」
「なら、もう一回されてみるかい?」
「いえ、結構です!!」
わからない、というわりに望美の顔は真っ赤だ。
よく言えば初心、悪く言えば免疫が無い。
そんなところも魅力的なんだけれど。
「望美はほんと、こういうのに弱いね」
「普通だよ。むしろヒノエくんが慣れすぎなんだって」
「そうでもないと思うけどね」
「あるって、絶対に!」
なんなんだかなぁ、なんて言いながら笑う姿はいつも通りだ。
さっきまでの海を眺めていた顔とは違う。
心底ほっとしてる自分に思わず苦笑。
望美が思っているほどにオレは大人びてたりなんかしていない。
「ところで、なんでいきなりほっぺた?」
「そうだね・・・・・・。色々理由はあるけど、内緒ってことにしとこうかな」
「私やられっぱなし!?」
「なら、お前からしてくれるかい?」
「・・・そういうところが場慣れしてるんだよ」
苦笑しながら望美はまた海の方に向く。
遠く水平線を眺める姿はやっぱり、どこか。
「ちょっ・・・ヒノエくん!?」
「立て続けに二回なんて無防備すぎだよ、望美」
「何それ〜!!」
寂しそうで、何処かに行ってしまいそうで、見ているこっちが不安になったなんて。
何があっても絶対に秘密。
Auf die Wange Wohlgefallen, 頬なら厚意
「将臣くんってさ。キスするの好きだよね」
「そうかぁ?」
「そうだよ。・・・キス魔?」
「・・・お前なぁ」
将臣の部屋のベッドの上。
クッションを抱えて寝転がっていた望美がこちらに視線を合わせて笑う。
その発言は唐突かつ意味不明だ。
脈絡も前後関係もまるでない。
思いつくままに言葉を発するのは幼い頃から変わらない。
「でもよく考えれば、私たちって小さい頃からキスとかって日常茶飯事じゃなかった?」
「あぁ、そう言えば。ほとんど挨拶代わりだったよな」
「だよねぇ。外人よろしくって感じで」
「お前、抱きつき癖あったしな。いや、今でもあるのか」
「キス魔よりマシです〜!」
「違うっての!!」
ベッドの端に腰掛ける。
さらさらとした長い髪を撫でながら、そういえばこれは癖か?などと思う。
触り心地が良いせいでついつい手が伸びる。
撫でられてるほうも気持ちよさそうに目を閉じるから、きっとこれで良いんだろう。
昔と変わらない行動。
けれどそれに付随する意味合いはきちんと変化してきている。
「まぁ、別にいいんじゃねぇ?キスでもハグでもさ」
「?」
「そういうのがあってもおかしくない関係だろ、今は」
「・・・・・・将臣くんが言うとエロい」
「いい加減にしねぇと締めるぞ?」
あははと笑う声。
底抜けに明るいその声も昔から変わらない。
対する俺の態度だってそう大きくは変わっていないのだろう。
あぁ、でも、それだけだと悔しいから。不意打ちくらいはしてやろうか。
「ったく、少し黙ってろっての」
「・・・やっぱりキス魔だ」
「お前限定の・・・な」
今さらクッションで顔隠しても遅いって。
Sel'ge Liebe auf den Mund, 唇なら愛情
「望美ちゃんは・・・戦場に出ることをどう思ってる?」
庭で二人並んで洗濯中。
真っ白に洗いあがった布を見て、急にそんなことが頭をよぎった。
普段なら思ったところで口に出したりはしないのに、気付いたときには手遅れで。
望美ちゃんは一瞬酷く驚いた顔をしてから、戦が終わったあとの悲しそうな瞳で笑った。
「正直、怖いです。人を殺すのも、人に殺されるのも、怖い。手が赤く染まっていくのだって、本当は・・・・・・」
「そうだよね・・・。ごめん、変なこと・・・」
「でもね、景時さん」
言い終わる前に言葉をかけられる。
こちらを見つめる翠玉の瞳は力強い意思を覗かせて。
「だから私たちは精一杯前に進むしかないと思うんです。・・・私たちは屍の上に立っているから」
「望美ちゃん・・・」
「そうじゃないと死んでいった人たちに失礼でしょう?」
「・・・・・・君は強いね」
いつだって、そう。
その瞳は前を向いて、振り返ることはあっても囚われることはなく。
誰よりも優しいがゆえに誰よりも強く。
君の姿はいつだって憧れ。
そうありたいと、あれればいいと、思わず手を伸ばすほど。
細い体を抱き寄せたのは半分以上衝動で。
「・・・ごめんね」
「謝られるようなこと、された覚えないですよ」
「優しすぎると調子に乗っちゃうよ」
「いいですよ。むしろそのくらいのほうが良いです」
「・・・・・・じゃあ、お言葉に甘えて一つだけ。目、閉じててくれるかな」
閉じた瞼にふるえる睫毛。
どうかその瞳が濁らぬように、どうかその強さが鈍らぬように。
できるなら守り続けていられるように。
寄せる唇にのせるは憧憬。
「うん、元気充填完了」
「・・・・・・・・・・・・。な゛〜っ!!!」
Aufs geschlosne Aug' die Sehnsucht, 瞼なら憧れ
「キスの格言」第1弾。
なんだか、ほのぼのしてますね。
第2弾との差が・・・・・・
070911作成