A solution of blurred oxford blue
それはそう。
雨が降りそうで、でもけして含んでいる水分の0,01%さえ地面になど落としてやるものかと叫ぶこの雲の暗さのように。
暗鬱、暗澹、陰鬱としてそれを喝采する空模様。
どこまで駆けても変わることのない鉛色とただそこにあるキミの蒼が。
相反して、対立して、交わることを頑なに拒絶しながら背中合わせに溶けていた。
世界の全ては曖昧模糊として、触れることも、語ることも、まして理解することなど許しはせず。
そこにあるものを受け入れるしか人間などという矮小なものには許されておらず。
それを知りもしない粋がった愚かな動物たちが、科学という名の形ある、理路整然としているように見せかけた 数式に全てを当て嵌め、さも得意そうに世界を謳う。
それさえすでに、人間など、生物など、宇宙など生まれるその前から、禁忌とされ、忌み嫌われ、差別され、 蔑まれてきたというのに。
世界の全てはあるがままでなく、理想化され、抽象化され、扱いやすいように変換されて、それでようやく 数式に当て嵌まるというのに。
何を賛美し、何を賞賛し、何を謳歌し、何を理解したというのか。
何も、何一つ出来やしないのに。
「数式の暗記に置き換えてる時点で、理解なんて不可能だと言ってるようなものじゃない」
「いきなりどうした?」
薄暗い世界で。
蒼という色を、光を、周りに与えつつ、それ以上の交わりを頑として否定しながらも、 溶けて、滲んで、染め替えてしまう幼馴染みが笑う。
どうしてキミは笑えるのか。
その強さがキミなのか。
何も何一つわかりはしない。
意識なんて、感情なんて、精神なんて、数式に当て嵌まるはずもない。
ほら、数式なんてただの無駄。
「別に。数式で全てを表すなんて傲慢を誰が考えたのかと思って」
「お前の頭の中はそんなんばっかりだな」
ああ、だってキミは理解不能だ。
無理やりに一方的に蓄えられていく、無意味に無価値な数式のどれ一つにも。
節榑立った指の爪の先、象徴的な蒼い髪の一筋さえ、当て嵌まるどころか代入の「だ」の字ですら拒絶して。
「俺の顔になんか付いてるか?」
「目と鼻と口とその他いろいろなパーツが付いてる」
「それ、普通じゃねぇか」
キミが言い出すことはいつだって突拍子もなくて。
あまり詰まっているとはいえないこの頭では、その思考に追いつくことも出来なくて。
どの数式で成り立つのか、どの記号と変数を用いるのか、まったくもって選びようがない。
やっぱり、数式なんて何の役にも立ちはしない。
「であるから、重力と電場からの力がはたらき物体は等速度運動をする。ここで磁石を近づけると・・・」
黒板の上を踊る白いチョーク。
同じ教科書を、似たような参考書を、代わり映えないノートを机の上に開き、 黒板の文字を、ただ無感動に書き写す。
教師の話は意味も、理由も、価値も、全てそこから得られるものは雀の涙ほども無く。
キミとの話のほうがよほど有意義に思えるほどで。
核崩壊。
熱膨張。
電磁誘導。
ドップラー効果。
放物運動。
自由落下でさえ理想化された、現実からかけ離れたモノで構築され。
物体は質点となり、存在は形も大きさも持たず、空気は無いものと追いやられ。
地上を制するのは秒速9.8mという加速度を与え続ける重力。
それが正しければモンキーハンティングは失敗することなく。
人間は餌を取り損ねることなど有り得ず。
けれど有史以来今でも狩りは熟練の者たちの領分。
「私の苦労を何だと思ってるわけ?」
たかが数式で、机上の空論そのもので、世界を理解できるはずが無い。
隣に座って欠伸を我慢することもなく、ノートもそこそこに。
窓から対面校舎の授業風景をなんとはなしに見ているキミの思考回路さえ 解きほどいてくれやしない数式に、何の意味を見出せというのか。
識りたいのはキミの見ているモノ。
理解したいのはキミを構築する全て。
科学で、物理で、まして数式なんかで表せないキミの内面。
赤も、黄色も、白も、黒も混じらずにぽっかりと浮くように存在する蒼と。
相反しながら、対立しながら、拒絶しながら、溶けあう鉛色の謎。
それを識りたくて、手にしたくて、自分の内面に閉じ込めたくて。
空はこんなにもどんよりと曇っているのに。
左から右へと流れて後には余韻さえ残さずに、綺麗さっぱり消滅していく教師の講義。
早く授業なんて終わってしまえばいい。
「何、考えてんだ?」
「数式で対応できない世界の全てについて」
「相変わらず、回りくどいな」
「どの辺が?」
「お前のモノの考え方が、さ」
「将臣クンの突拍子の無さほど複雑怪奇なモノじゃないよ」
「ったく、しかたねぇヤツ」
空は相変わらず涙を落としそうなほどに暗くて。
それでも必死にこらえて。
でもやっぱり、午後からは雫を落とし始めるような風体で。
平均並みの決して重いとはいえない脳の大部分を占める、その意味を探し求めて行き先も知らずに、 近い将来ひっそりと消えていくであろう数式はキミの理解をすでに放棄して。
キミの象徴的な蒼い髪の一筋、それだけでも識ることができたらと。
そう思うこの感情に、必要性の欠片も無い名前だけ遺していく。
ぽんぽんとまるで幼児の扱い然とした手の温もりだとか。
どこを見ているんだかさっぱりわからない視線の強さだとか。
それらの何気ない、ありきたりな、いつだって傍に置いてあるものを心地よいと感じる、 昔からあった、最近変化した感情。
そんなものに名前は要らない。
そんなことが出来るなら、彼の節榑立った指の爪の先ぐらい解き明かして、目の前に曝して、 自分達は少しは役に立つんだと証明して見せればいい。
数式なんてろくでもない。
感情に名前なんて付けていって、処理の方法は丸投げで、肝心なところで塵一つ分の役にも立ちはしない。
キミの蒼さと鉛色の溶けて滲む様を識りたいのに。
少なくとも蒼い髪の一筋、指の爪の先ぐらいの理解を。
求めているだけなのに。
「お前、数式に何を求めてんだよ」
「その節榑立った指の爪の先か蒼い髪一筋の理解」
「わかりにくいっての」
「うん。自分でもそう思ってるよ」
それでもキミを識りたいと思ってしまう心を、感情を。
キミは理解しないのと同じことだと、気付くくらいはしてくれるだろうか。
子供じみた、およそ来年には受験生と呼ばれるに足りないような感情回路で。
思考回路とはいえない代物で成り立っているんだと。
生まれたときから隣を離れたことの無いキミくらいは、知っていてくれるだろうか。
「次は化学だろ、行くぜ」
深い緑色の、まったくもって黒いと思ったことは無い黒板には、チャイムぎりぎりで書き足された新しい数式。
また役にも立たないモノが容量のさして多くない脳を埋めていく。
キミを演算することの出来ないモノが、また。
「『恋』なんて名前は要らないから理解のための数式を与えてよ」
明度彩度ともに完璧なその蒼が、相反し、対立し、拒絶しながら、鉛色に溶けていく様を。
節榑立った指の爪の先を。
象徴的な蒼い髪の一筋を。
暗い空の下、微かにゆっくりと増していく不快指数と湿度。
堕ちようとする水滴は昼を待ちはしないようだ。
普段とは違った雰囲気で。
最初はほとんど句読点が無くて読みにくさ120%でした。
個人的にはそっちの方が好きかもなんですが(笑)
mとgとtとvとhと・・・・・・
そんな意味不明なただのアルファベットに
全てを解明してくれなんて所詮無理な話
060912作成