Hateful Amethyst
曇るとか陰るとかそういう優しさは欠片ほども見せない、 全てを焼き尽くすんじゃないかと思うほどの暑さを誇る晴れ渡った空。
将臣くんが、(おそらくは平家からの)手紙に返事を書いている間の小休止。
比較的大きな木の幹に背を預けながら、膝を立てて座る。
大きく伸びた枝や、ありとあらゆる方向についた葉が、日光と熱とを吸収して少しは涼しく心地いい。
隣には珍しく知盛が寝転んで休んでいた。
「・・・何、コレ?」
ポイっと無造作に投げられて、手の中に転がりこんできたのは透明な水晶。
先端の尖ったいびつな菱形の水晶には目の前の男の首に巻きつくそれと同じ、黒い革紐が通されていた。
いきなりお揃いのネックレスなんか放り投げられて、目が点にならないわけがない。
しかも相手は他の誰でもなく、あの知盛。
意図も理由も必要も、何一つ見えてこない。
「欲しがったのは、お前だろう・・・?」
「・・・・・・は?」
忘れていたわけじゃない。
確かに昨日、知盛の首に下がるそれを「いいなぁ」と言ってもの欲しそうな態度をとった。
でも、だけど、相手はあの知盛なのだ。
名前の前に「あの」がついてしまうような、そんな男が。
あんな一瞬の戯れのために、お揃いのネックレスをくれる?
昨日はくれる気なんて全く見せなかったくせに?
「昨日は、くれないって・・・!!」
「誰が、そう言ったんだろうな・・・?」
「いや、確かに言ってはいなかったけど!でも、態度がそう語ってたんだって!!」
「いらないのか?」
「いるいる、いります!ください、ぜひ!!」
思わず水晶を持つ手に力がこもる。
知盛から何かをもらえるなんて今を逃したら次は無い、絶対に無い。
何度運命を繰り返したって、遺していくモノは肩の傷くらいだった知盛からのプレゼントを 断るなんてありえない。
クッ・・・といつもの口の端だけを上げる、喉からの笑い。
子供だとか、単純だとか、そんな呆れが構成成分の大半を占めているそれに。
少しくらいは、満足感だとか、充足感だとか、そういうものが混じっていればいいなぁ なんてこっそり考えてみたりして。
だって、笑っているのは知盛で。
見惚れているのは私で。
少し上がった口の端に、細められた藍錆色に、私だけが困惑している。
知盛はいつだって余裕があって、敵わないとわかっていても悔しい。
「なら、黙って受け取っておけ」
「ありがとう、大切にするね」
「失くしても、構わないが・・・?」
「どうして、そういう言い方するかなぁ。絶対、失くしてなんてあげないよ?」
「クッ・・・・・・」
さっきより少し満足げだ、なんてほとんど変わらない笑みからも読み取れるようになっている自分がいる。
何度も何度もいっそ見飽きないのが不思議なくらいに知盛を見てきたせいと言えば、それまで。
それでも、きっとここまで敏感なのは、やっぱり知盛のことがどうしようもなく好きだからなんだろう。
認めるにはそれなりの覚悟と勇気とそのほかの何かが必要だけれど。
ネックレスの話だって、別に本当に欲しかったわけではなかったのだ。
自分のことに対して、ほとんど、全く、これっぽっちの執着も持ち合わせない知盛がいつも首に下げている。
それが不思議だっただけで。
刀を振るうたびに動きに合わせて揺れる、瞳に似た紫がひどく鮮やかにきらきらと存在を主張していることが 羨ましかったとか、そんな子供じみた感情があったわけじゃない。
いつだって敵同士で傍に隣に立っていられるのは僅かな間しかないのに、 なんて無機物に対してそんなことを思ってたりしてたわけでは決して無い。
笑い出したくなるような嫉妬、愚かしいほどの恋情。
本当にバカみたいだ。
「手を、貸せ・・・」
「手?」
のそりとネコ科の肉食獣が起きだすように、緩慢にけれど一分の隙も見せずに知盛が起き上がる。
頭一つ分ほど高い上半身が木漏れ日さえもさえぎった。
部分的に強い紫外線に灼かれていた皮膚が息をつく。
首筋をゆっくりと流れた薄鈍色や、目の前に晒されたくっきりと浮かぶ鎖骨なんかに、 心臓はその動きを早めていたりするのだけれど。
とりあえず、左手を出してみる。
怨霊の気配は無いから力を貸せという意味ではないハズ、 というより知盛はわざわざそんなことを言わないだろうし。
何をする気なんだろうとその顔を見上げると、右手に移し持っていたネックレスを取られて、 ぐるぐると左手首に巻かれた。
「首にかけないの?」
「・・・・・・」
「無視しないでよ。・・・っていうか紐、長くない?」
「こんな、ものか」
「ちょっ・・・待って!ストップ!どこから出したの、その小刀!?」
ゆるめに7回ほど紐を巻かれたあとに解けないように先を結ばれる。
先、と言ったって余っている部分の方が明らかに長い。
問題はそこ。
どうやってこの紐を切るんだろうと思っていたら・・・・・・
「ちょ、やだ。怖い怖い怖い!わざと手とか切られそうで、怖いから!!」
「暴れるな・・・本当に切るぞ・・・・・・?」
「ハイ・・・」
そう言われたら大人しくせざるをえない。
この男は切ると言ったら本当に切るに決まっている。
現に目が本気の色。
どうして、そうなっちゃうんだろう?
知盛の思考は掴めない。
何度も繰り返して、何度も敵対して、何度も一緒にいたというのに。
汗を流させるだけの、少しの涼も与えてはくれない、熱い風が吹く。
視線の先にある愛しい男の瞳に似た紫が揺れて嗤う。
別にそれを悔しいとも憎らしいとも思わないけれど。
行き着く先の無い思考を断ち切るように、ちり、と左手首に痛みが走った。
視線の先の紫が消えていた。
見上げてくるのは見慣れた藍錆色だった。
ぐるぐると黒い革紐を巻かれた手首に触れていたのは唇。
「なっ・・・!!今、何したぁ!!??」
裏返る声を誰が責められただろう。
何がどうしてどうなって、こんなことをされたのかわからない。
手首に残る赤い痕は何!?
「隙を見せた・・・お前が悪い・・・」
「私のせい!?痕、残ってるんですが!!」
「クッ・・・・・・」
動揺しまくって真っ赤になっているであろう私に対して、 知盛は冷静で相変わらずの笑みまで浮かべている。
私の狼狽なんて歯牙にもかけない、どこ吹く風だ。
からかわれている、翻弄されている。
年の差とかそんな甘いものじゃなくて決定的な経験の差。
「まさか、このために手首を選んだわけじゃないよね・・・?」
「どうだろうな・・・」
「最っ低!!何、考えてんの!バカ!!!」
でも、それでも。
からかいの対象になるくらいは認められていると、自惚れてもいいのだろうか。
見下ろしてくる藍錆色に映っていると、そう思ってもいいのだろうか。
傍になんかいられない、隣になんか立てない、刀を交えるしか出来ない。
それでも、その心に針の穴程度には「春日望美」の居場所があるのだと。
愛しい愛しい恋しい。
思う心は募るばかりで還元されずに行き場をなくして彷徨って。
けれど、そればかりでは無いのだと。
そう思ってもいいんだろうか。
藍錆色に似た紫が揺れる。
全てを透かす無色も揺れる。
子供じみた強がり、笑い出したくなるような嫉妬、愚かしいほどの恋情。
消えることなく募るばかりで行き場も無くて、それでも。
「こんな痕を残したんだから、首にかかってる紫のもくれるよね?」
だけど、やっぱり、あの紫が羨ましい。
「知盛×望美 自給自足阿弥陀」投稿作品。
「ひび割れの空」の姉妹作だったりします。
「ひび割れ〜」のほうが原型。
嘲笑う紫
見透かした無色
いっそのこと、壊れてしまえ
061203作成