でぃみにっしゅ
「で、いつからそうだったわけ?」
「あさから・・・・・・」
「いつの?」
「おととい」
「・・・・・・この、ばかぁぁぁぁ!!!」
普段と何ら変わることない休日。
防音バッチリな高層マンションのとある一室に望美の怒鳴り声が轟いた。
部屋に入った瞬間におかしいとは思った。
お昼前のこの時間。
知盛はソファで寝てるのが常だったのに、姿が見えない。
普段なら、後ろから見ても薄鈍色の髪か長い足が見えるはず。
ソファは大きいけれど183cmの知盛が隠れてしまうほどではないのだ。
かといって水音がしないから、シャワーを浴びているわけでもない。
靴はある。
「ベッドで寝てるのかな?」
寝室にはパイプベッドがある。
知盛はそれを滅多に使わないが。
「知盛〜?」
寝室を覗き込む。
姿はない。
「・・・・・・神隠し?」
そんなわけないよね、と寝室のドアを閉めようとしたとき、後ろから寝息が聞こえた。
「やっぱりソファのほうにいたんだ」
起こさないように足音を立てずにソファのところまで行く。
少しだけ見えた薄鈍色。
そこには確かに知盛がいた。
あからさまに縮んで。
「と、知盛!!??」
いきなり異世界に飛ばされて。
怨霊を封印して。
戦場に立って。
3才も年上になってた幼なじみを見て。
運命を変えるために時空跳躍をして。
大抵のことには驚かない自信があった。
けれど。
これに驚くなというほうが無理。
「うるさい」
眠そうに目をこすりながら、知盛が望美を見上げる。
大きな藍錆色の瞳が言葉も出ないでいる望美を訝しそうに見つめる。
「どうした・・・?」
知盛は緩慢な動作で上半身を起こす。
その身体は服の海に埋もれていた。
LサイズのTシャツにすっぽり包まれて、半袖からは小さな指先が見えるか見えないか。
小さな子供が大人物のTシャツをパジャマ代わりにしているようだった。
「きいて、いるのか・・・?」
かけられる声は高く、つたなく、小さな白龍のそれより幼い。
望美に向かって、上方へと伸ばされる手。
袖がめくれてあらわになった腕は細い棒切れのようだ。
目の前の状況が理解できない。
というよりも、頭が考えるのを停止している。
目の前のコレは知盛だ。
それは間違いない。
けれど、どうしたって今の知盛は・・・・・・
「4、5歳くらいだよね・・・」
「このみためのこと、か」
可愛らしい声で発される言葉はいつものようにゆっくりとしている。
普段なら望美を落ちつかせるその話し方が、今は混乱の渦に叩き込む。
ぺたん、とTシャツから覗きすらしない足をフローリングの床につけて知盛が立つ。
その頭の位置は望美の腰と同じか少し低いくらい。
「嘘でしょ?」
「だったら、よかったんだがな・・・」
「某アニメじゃないんだから。夢だって言ってよ」
「そうしてやりたいのはやまやまだが」
「大体、なんでそんなに落ち着いてるの!?」
「さぁな」
人形のような、思わず抱きつきたくなるような愛らしい外見。
そのわりに中身が変わらないから、なんとも微妙だ。
黙ってればカッコイイのに、と思ったことは数知れないけれど。
黙ってれば可愛いのに、なんて思ったのは初めて。
ふと気付く。
どう考えても知盛の落ち着きっぷりはおかしい。
普通ならもっと焦っていいはず。
嫌な予感がした。
「そうなっちゃったのって、けっこう前からだったりしない?」
「どうだろうな・・・」
望美を見上げながら浮かべる不敵な笑み。
それさえ可愛らしさを強調するものにしかならない。
でも、そんなものに騙されたりはしない。
「で、いつからそうだったわけ?」
腕を胸の前で組みながら、望美は知盛を見下ろす。
面倒だと言わんばかりの顔で、仕方なさそうに知盛が答える。
「あさから・・・・・・」
「いつの?」
「おととい」
「・・・・・・この、ばかぁぁぁぁ!!!」
「っとに小さくなっちまったなぁ」
知盛の髪をぐしゃぐしゃ撫でながら将臣が望美を振り返った。
「一昨日からだって、信じらんない!連絡よこせっての!!」
「まぁ、そう怒るなよ」
将臣は望美の連絡を受けてから、バイクで走ってきた。
家にいたのではなく海に行っていたらしく、少し潮の香りがしている。
「いきなり『知盛が小さくなっちゃった!!』だもんな。焦ったぜ」
「驚いて焦ってたのは、私なんだけど?」
「だろうな」
「って知盛、逃げるな!」
ぺたぺたと服の裾を引き摺りながら知盛が将臣のほうへと行く。
そのまま将臣の後ろへと隠れてしまった。
「おいおい・・・」
将臣の足にしがみつきながら、望美のほうをそっと覗く。
「知盛、どうした?」
あの知盛なら絶対にありえない状況に今度は将臣が混乱した。
「・・・まさか、中身まで幼児化してきてる?」
望美が恐ろしい仮定を口にする。
「な、嘘だろ!?」
「だって・・・・・・」
電話をかけてから将臣が着くまでの約20分間。
知盛の様子が少しずつ変わっていくのを望美は見ていた。
特に話し方。
長い言葉、難しい単語を使わなくなっていった。
そして、いつもの人をくったような態度をとらなくなった。
にわかには信じがたいけれど、でも・・・・・・
望美は少し考え込んでから、しゃがんで知盛を目線を合わせる。
「怒ってないから、おいで?」
にっこりと甘い笑顔。
18年間幼なじみをやってきた将臣でさえ見たことの無い、子供にだけ見せるもの。
もしも、知盛が中身まで幼児化しているなら怒ったところで意味が無い。
怯えさせてしまうだけだ。
いつもならクッと馬鹿にしたような笑みで流してしまうだろうけれど。
そんなことができるはずもない。
知盛はしがみついていた将臣の足からゆっくり手をはなす。
でも、まだ望美のほうへは来ない。
「ほら、おいで」
手を伸ばせば、おそるおそるの小さな足音。
大きな服が足に絡むのか、その足取りはとても危なっかしい。
「知盛!!」
長い裾を踏んでしまった身体が前方に傾く。
ゴツンと硬い音がした。
「大丈夫!?」
しばらくの沈黙のあと、知盛が身体を起こす。
フローリングの冷たい床に座り込んだまま、額を手で押さえていた。
「いたい・・・」
望美と将臣を交互に見る知盛は涙目。
こぶはできていないようだけれど、相当痛かったらしい。
行動が早かったのは将臣だ。
「泣くなよ、男だろ」
「・・・ないてない」
手の甲で涙を拭った知盛が将臣を睨む。
「よし、えらいぞ」
小さな知盛を抱き上げて、将臣が笑う。
「さすがだね〜」
あんまりにも慣れたその行動に望美は感心してしまう。
自分ではああはいかない。
呼んでよかったと心から思った。
「ん?これぐらい、普通だろ」
「普通じゃないよ、すごいって!」
知盛のおでこを撫でて何も無いことを確認しながら言うと、将臣が苦笑した。
「お前こそ、子供の面倒見るの得意だろ?」
「なんで?」
「おでこ。怪我の確認の仕方がずいぶん手馴れてるぜ?」
「そうかなぁ・・・?」
望美が首を傾げる。
将臣が安徳天皇の面倒を見ていたように。
自分も小さな白龍の面倒を見ていたという認識が乏しいようだ。
「ま、とりあえず。やらなきゃいけないことは決まったな」
「?」
「コイツの服買ってこねぇと。このままじゃ、またこけるぜ」
今回はなんの怪我もなかったけれど、次もそうとは限らない。
後頭部を打ってしまったら、どうなるかわからない。
「じゃあ、私が何着か買ってくるよ。将臣くん、面倒見ててね」
「あぁ、いいぜ」
「服のサイズは110cmくらいかな。良い子にしてるんだよ?」
将臣に抱かれたままの知盛の頭を優しく撫でる。
その腕を知盛が掴んだ。
「いく」
小さな声でなされた主張に望美は微笑む。
とはいえ、こんなカッコの知盛を外に出すわけにはいかない。
「すぐに帰ってくるから。ね?」
知盛の瞳を見ながら笑うとぎゅっと掴んでいた手がはずれた。
「・・・わかった」
「将臣くんの言うこと、ちゃんと聞くんだよ?」
寂しそうに俯く知盛のほっぺたにキスをする。
「うん」
顔を上げた知盛は誰も見たことのない満面の笑顔だった。
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知盛がちっこくなっちゃったよ編でした。
中身までちっこくなっちゃって素直です。
いつもの性格になるかならないかは望美と将臣の育て方次第。
プリンセスメーカーならぬプリンスメーカー★(笑)
てをのばして
ふれるぬくもり
ただひとつのしんじつ
060821作成