Redolent of you


 将臣くんと知盛と別れた次の日、八葉のみんなと熊野本宮へ向かった。

 熊野別当と源氏の話し合い。
 何を聞かせたくないのか、私、朔、白龍、譲くん、敦盛さんは別の部屋で待機。
 本物の別当は出て来なくて、取り付けられるのは中立の確約。
 おそらく、この運命でもそうなんだろう。
 けれど私はヒノエくんの正体を知らないことになってるから、おとなしくしてるしかない。

 私以外の四人はきちんと手入れされた、花の咲き誇る庭を見に行っていて。
 広くも狭くもない部屋に一人きり。
 自分で誘いを断ったくせに暇を持て余していた。
 考え事があるなんて、嘘。
 ただ、まだみんなとは一緒にいたくなかった。
 いつボロが出てしまうかわからないから。

 昨日から様子のおかしい私に、それでも何も聞かないでいてくれる朔の優しさが嬉しい。
 渋る白龍と譲くんを外に連れ出してくれたのも、朔だ。
 優しい親友と頼りになる仲間。
 こんなに恵まれているのに。どうして足りないと思ってしまうんだろう。

 「はぁ……」
 大きなため息をついて、大の字に寝転がる。
 はしたないと思わなくもないけど、まだしばらく人は来ないだろうから気にしない。
 控えめに風が吹き込む。
 山奥だからなのか、ここは意外と涼しい。
 あまりの気持ちよさに眠ってしまいそうだ。


 ふわりと風が顔をなでる。


 運ばれてきた匂いに飛び起きた。

 夕立ちの木の下、蝉の鳴く山道、日差しの強い河原。
 つい昨日まで傍らにあった。

 乱れた髪も気にせずに、渡殿を走って水軍の人をつかまえる。
 「すいません、私が今いる部屋って。その前に誰か使ってました?」
 一息で言い切ると、向こうは驚いた様子。
 「どうしたんだい、いきなり」
 「教えてください」
 「ん〜、そんなヤツいたかなぁ。…あっ」
 彼の顔色が変わる。それだけで私の予感は確信に。
 「使ってた人、いるんですね?」
 「あぁ…。嬢ちゃんと一緒で半日くらいならな」
 「どんな人ですか?」
 「それは……」
 言っていいものかどうか、彼は悩んでいるようだった。
 まさか『源氏の神子』の前で平家の人間が来ていたなんて言えるはずもない。
 それならば、とこちらから聞いてみる。
 平家の人間だと知らなければ良いのだから。
 「鳩羽色の髪に紫紺の瞳の男の人?」
 「知ってんのかい?」
 「勝浦の町で会った人の香と同じ匂いが部屋に残ってたから、そうかなって」
 「…そうか。そいつと親しいのかい?」
 「いいえ。雨宿りしてるときに偶然会っただけです」
 「なら、いいんだ…」
 「?」
 「いや、何でもない。こっちの話だからな」
 小首を傾げれば、水軍の彼はほっとした表情。
 いつの間に自分はこんなに嘘がうまくなったんだろうと、心の中で苦笑。
 「ありがとうございます。教えてくれて」
 「いや…」
 ぺこりと頭を下げて、くるっと踵を返す。
 ゆっくりと部屋に戻ると、そこには相変わらずかすかな残り香。

 いわゆる体育座りをして、膝に顔を埋める。

 ゆっくりとした口調。
 戦場での愉悦のにじむ顔。
 容赦のない二振りの刀。
 見る者を魅了する優雅な舞。
 眠っているときの穏やかな表情。

 そんなものばかりが、とりとめもなく浮かんでは消えていった。



 「さいあくっ……」










 えぇっと、すいません。書き終わってから、すっげぇ恥ずかしくなりました。
 香りって、けっこう記憶に残るモノだと思うんです。ただ、それだけ。


 この想いが叶うことは、万に一つもない。
 それなのに、あの男は私を縛って離さないんだ。