Under the rose
「満足させてくれるよな・・・」
久しぶりに聞いた艶のある低い声。と同時に刀を抜く音。
「なんでいつも、こうなっちゃうかな」
望美は呆れと諦めで出来たため息をつく。
「さぁな・・・。お前は抜かないのか?」
「あのねぇ。こっちでは刀とか剣とか持ってちゃいけないの!!」
相変わらずのスローペースな話し方と物騒な内容に頭を押さえてしまう。
「だが、お前は持っているだろう・・・?」
「だからっ、こんなとこで使えるわけないでしょうが!」
法律的に禁止されてるというだけではなくて、ここは教会でしかも聖夜。
そんなところで剣なんて振るえるはずがない。
知盛にしてみれば、そんなことはどうだっていいことなのだろうけれど。
「つまらんな・・・」
案の定、目の前の男の顔は不機嫌そうに歪められる。
「わかったんなら、刀を納めて」
「迷宮」
望美の目が驚愕に見開かれた。
どうして、そこまで知ってるのか。一体、どこまで知ってるのか。
そもそも、知盛はどうやって現代まで来た?
答えの出ない問いが頭の中で次々と生まれて、ぐるぐると回る。
そんな望美の困惑を見て知盛は笑う。
「そこでなら、お前は『神子』なんだろう?」
連れて行けと言外に。
今日はクリスマス。
しかも夜。
恋人たちが愛を語らう時間だ。
それなのに、どうしてわざわざ迷宮にまで行って知盛と刀を交わさなければならないのか。
彼氏なんていないけど、それにしたって・・・
けれど、迷宮に行かなければ行かないで此処で戦うことになる。
刀を納める気配が全くないことからもそれは明らかだった。
教会で流血沙汰なんて間違いなく明日のトップニュースになってしまう。
それだけは避けたかった。
嫌になるくらい片っ端から怨霊を切り伏せて。
たどり着いたのは地下庭園。
この迷宮で唯一怨霊の現れない、誰の邪魔も受けない場所。
けれど、普段なら純白の花に囲まれて幻想的なそこは何故か真紅に包まれていた。
それは知盛が持っていたのと同じ真っ赤な薔薇。
しかも何処からともなく花びらが舞い降りてくる。
「似合いの場所だな」
そう言うが早いか襲い掛かる二振りの刀。
望美は片方を流し、もう片方を受け止め弾く。
「はぁぁぁぁ・・・!!」
剣を振るえば血のように赤い花びらが宙を舞う。
振ってくる花びらとあいまって視界が悪い。
唇を上向きに歪め、知盛が楽しそうに笑った。
まともに望美の剣を受け止め至近距離で囁かれる。
「それじゃあ、足りないぜ・・・?」
強い力で後方に弾き飛ばされる。
どうしてかは知らないけれど、迷宮に入る前と後での衣服の変化が起こらなかった。
正直に言ってファーのついた冬用ワンピースは動きにくい。
しりもちをつきそうになるのを、地面に手をつき無理やり避けた。
薔薇の棘が腕のあちこちにかすり傷を作る。
けれど、そんなことを気にしている余裕はなかった。
目の前に迫るのは剣鬼。
体勢を立て直し、刀が振り下ろされる前に剣を突き出す。
紫の瞳に愉悦を滲ませて、知盛がそれをかわす。
と同時に銀光が閃く。
左腕にひりつくような熱。
舞い降る赤にまじる紅。
液体状のそれは花びらよりも早く落ちて地面と吸い込まれていった。
「甘いな」
刀についた血をゆっくりと舐める知盛の姿は、赤いカーテンの向こうに霞んでやけに蠱惑的だ。
見慣れない深紅のスーツ姿だったからかもしれない。
「そんなこと、あるわけないでしょうが!!」
頬を朱に染めながら望美は知盛に向かって剣を振るう。
そこには動揺が取って見えて。
揺れる剣先。こころもち早い鼓動。
知盛は素早く望美の手首を掴む。
「離してよ」
クッと喉にかかる笑い声。
痕が残るんじゃないかと思うほどの強い力に望美は剣を落とした。
さきほど薔薇の棘でついたかすり傷に舌を這わされる。
ビクッと望美の肩が揺れた。
「やはり、甘いな・・・」
出血の止まりかけている傷口から知盛が唇を離す。
「離してってば!!」
拘束から逃れようと望美が腕をよじる。
知盛のほうは平然といつも通りの笑みを浮かべている。
「知盛っっ!!!!」
「・・・今日は聖夜とやらで恋人たちは愛を語らうのだろう?」
「えっ?」
知盛の思いもかけない言葉に望美は目を丸くする。
どこでそんなことを知ったのだろう。
というか、それが今の状況と何の関係が・・・?
「お前の望み通り、逆鱗の力を使ってここまで追いかけてきてやったんだ。 これくらい許されても良いと思うが・・・?」
「私の、望み・・・?」
「『追いかけて来い』と言ったのはお前だろう?」
確かに、そう言ったこともあった。
追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて追いかけて。
追いつけないのが悔しくて。
けれど、まさか本当に追いかけてくるとは思ってなかったのだ。
そんな能動的なことをするとは思わなかった。
「わざわざ異世界とやらまで来てやった俺を袖にするか、神子殿?」
見下ろしてくる瞳は誘惑的で抗えない何かがあった。
フイっと目をそらしながらもおとなしくなった望美に知盛は口付ける。
「満足させてくれるよな・・・」
二度目に聞いたその言葉は一度目とは違う熱を孕んでいた。
『聖夜の赤−白バラ企画』投稿作品デス。
これから暑い夏に向かっていくって時期にようやく聖夜ネタ。
遅いにも程があるって話ですよ。
某RPGと某アニメの影響を多分に受けているのはここだけの話。
何かわかりますかね・・・?
060615作成