Desire of


 太陽が沈みかけた空は朱。
 人々のぶつかりあう思いは赫。
 数多の死骸が転がる大地は紅。
 どこを見回しても、全ては「アカ」で満たされていた。
 鉄の匂いのする熱い風が吹く。
 泥沼と化した戦場の中心に彼らはいた。
 二振りの刀を持ち、金の鎧を纏う男。
 両刃の剣を構え、鴇色の長い髪を風になびかせる少女。
 二人は言葉を発することもなく対峙していた。
 周囲の者たちは自然と彼らに集中する。
 けれど、近寄ることはできず。
 まして、声をかけることなどできるはずもなく。
 二人は世界の中心にいながら、世界から断絶していた。
 周りの全てを巻き込みながら、お互いしかいなかった。

 「勝敗は見えてるでしょ。引き上げないの?」
 相手の瞳をひたと見据えたまま少女が問う。
 幾人もの返り血にまみれた姿は、それでもなお清浄だった。
 「引き上げるさ。お前と一戦交えたらな」
 己の頬についた血を右手の親指で拭い、綺麗に舐め取る。
 そうして男は酷く楽しそうに笑った。
 「狂ってる」
 「お互い様、だろう?」
 「・・・・・・そうだね」
 赤い熱風が砂塵を巻き上げて二人の間を走る。
 それを合図に、守護神とも人以下の存在とも呼ばれる阿修羅の宴の幕が上がった。


 金属の合わさる音が絶えることなく響く。
 一本の剣に対して二本の刀。
 どちらかといえば、知盛のほうが有利だった。
 けれどお互いにまだ様子見。
 状況を動かす一歩を踏み出すことなく、馴れ合いのように刃を合わせるだけ。
 「いつまで、続ける気だ・・・?」
 「なら、たまには自分から仕掛けてみれば?」
 挑むように翠色の目を光らせて、望美が言う。
 瞬間、左の刀から繰り出される容赦ない突き。
 紙一重でかわしながら、望美は脇腹めがけて大きく剣を振るう。
 見越していた知盛は右手に持った刀で、それを防ぐ。
 火花が散るかのような鉄の悲鳴。
 二人は大きく距離をとった。

   ・・・・・・壇ノ浦のときみたいだ。
 剣を構えなおしながら望美は思う。
 あのときも、こうやって二人きり誰の干渉も受けずに戦っていた。
 こちらを見ろと言われてつけられた肩の傷は、今も完全には治らず疼いている。
 「何を考えている?」
 藍錆色の目が不愉快そうな剣呑な光を帯びる。
 その知盛の様子を見て、望美はくすりと笑う。
 どこにいても、何度運命を繰り返しても、この人は変わらない。
 だから愛しいと思うんだろう。
 傷ついても、傷つけても、戦うのはそのためだ。
 流す血も、流させる血も、愛おしい。
 「この状況で知盛に関係ないこと考えられると思う?」
 「今日はずいぶんと、情熱的だな・・・」
 「血の匂いに酔ったのかも、ねっ」
 言いながら、望美は知盛の懐に飛び込む。
 わずかに目を見開いて二振りの刀を両方とも使い知盛は望美を防ぐ。
 左腕を振るって弾き返し、その速度のまま首元を狙う。
 避けきれないと判断するや否や、望美は身体を少しだけずらして急所を外す。
 左の鎖骨の上を刀が走った。
 と同時に知盛の右腕を斬りつける。
 黒い帯とそれを留める革のベルトが地面に落ち、赤黒い血がとめどなく腕を流れていく。
 望美のほうも左胸のあたりに血の染みが広がっていく。
 切れた肉の合間からうっすらと白い骨が見えた。




 次で最後だ。
 じんじんと身体の奥から上がってくる痛みを感じながら確信する。
 喰うか、喰われるかだ。
 負けてなんかあげない。
 知盛が欲しがるよりずっと、自分のほうが知盛に飢えているのだから。
 殺めるように、その命を殺ぐように。
 自分一人のものにしたい。
 何度も何度も知盛の死を見ているうちに、狂ってしまったのかもしれない。
 彼の散りざまはいつだって望美を縛って。
 望美はいつだって追いかける側で。
 そんなのには飽きたのだ。
 知盛がするように望美にだって縛れるはずだ。
 身体も、心も、魂も、全て。
 「源氏の神子」ではない、「春日望美」を刻みつける。
 この剣で。
 誰にも渡したりしない。




 「はぁぁぁぁ・・・!!!」
 ただまっすぐ、望美は知盛に向かって走る。
 知盛も向かい受けるように走ってくる。
 振り下ろされる剣。
 振り上げられる刀。
 互いに防ぐことはしなかった。
 決着は一瞬。
 荒い息を肩でしながら、二匹の美しい獣は赤い世界に立っていた。
 「・・・楽しませてくれるじゃないか」
 振り返った知盛には胸から腹にかけて走る一本の線。
 致命傷ではないが、浅くもないその傷からは血があふれ出す。
 黒い服をさらに黒く染めて、地面に紅を吸わせて。
 それでも知盛は立っていた。
 対する望美は脇腹に深い傷。
 このまま放っておけば失血死は間違いない。
 それでも知盛が立っている以上、膝をつくわけにはいかなかった。


 「それほどまでに、源氏を守りたい、か・・・?」
 「・・・・・・本気で言ってるの?」
 「お前の口から、本音を言わせたいと・・・言ったら、どうする?」
 「あんなに刀に込めて叫んでたのに。わからなかった?」
 「わかったから、なおさら・・・だな」
 刀を交えていたときとは違う、意地の悪い笑みを知盛は浮かべる。
 「知盛につけた傷が答えを叫んでるから。だから教えてあげない」
 「クッ・・・・・・。つれない神子殿だ」
 その返答に望美は笑う。
 血を浴びながら剣を振るうときとは違う、戦乙女の美しい笑顔。
 「知りたいなら、追いかけてきて。追いかけて、掴まえて、逃げ道を断って。 そこまでやったら教えてあげる」
 「その言葉・・・いつか後悔させてやろう」
 「期待して、待ってるね」

 望美の言葉を聞き終わると、知盛はゆっくりと歩き始めた。
 途端、戦場を支配していた空気が掻き消える。
 あんなにも朱かった空は闇に覆われはじめていた。






 「好き、だよ。あなた以外なら何もいらない」






 知盛を見送った望美が、倒れる寸前につぶやいた言葉は誰に聞かれることもなく闇に溶けていった。










 日記で騒ぎまくった「阿修羅姫」ネタでした。
 戦闘シーンは難しいですね!!
 しばらく戦闘はいいです。疲れました(笑)
 

 貴方が欲しい。
 貴方が欲しい。
 そのためになら、修羅道に堕ちたってかまわない。


 060804作成