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 「知盛っ!!」





 バシャンと空々しいまでに大きな音を立てて、碧い水を紅に染めて知盛は沈んでいく。
 伸ばした傷だらけの腕は、何にも、知盛の血にさえ触れることなく。
 何度も何度も繰り返した光景。
 見飽きてしまうくらいに変えられない運命。
 いつも知盛は満足そうに笑って消えていく。
 それが悲しくて悔しくて、また繰り返す。
 いつ終わるともしれない運命を。










 いつだったか暑い夏の昼下がり、望美は知盛と将臣と三人で他愛もない話をした。
 目に痛いほどの空の青と森の緑と、焼き尽くすような日差し。
 うるさいほどの蝉の声と、時々聞こえる鳥の声。
 むき出しの地面にぺたりと座り込んで、休憩中のどうということもない会話。
 現代での生活のこと、小さい頃の話、家族の話・・・・・・
 話せること、話せないこと、オブラートに包まないといけないこと。
 いろいろと制約は厳しくて、けれどお互いを知る数少ない機会で、けっこう話は弾んでいた。


 「どうしても欲しいけど手に入らないものがあったとしたら、知盛はどうする?」

 なぜ、そんな話になったのかを望美は覚えていない。
 きっと他の二人も覚えてはいないだろう。
 ただ聞いてみたかった。
 聞いてどうするわけでもないけれど、興味があった。
 望美と同じような状況になったとき知盛ならどうするのか。

 「そんなふうに思ったことは、一度もないからな・・・・・・。どうする、だろうな?」
 「聞いてるのはこっちだってば」
 「・・・手に入るまで足掻いてみるのも、一興かもしれんな」
 「お前が!?ありえねぇ!!絶対、めんどくさがって足掻きもしないだろ」
 「なら。お前ならどうするんだ、有川」
 「俺か?そうだな・・・。モノにもよるんじゃねぇ? ま、本気で欲しかったらどうにかしようとするだろうな。でも、なんでそんなこと聞いたんだ?」
 「ん〜?なんとなく、どうするのかなぁって思って。 ほら、知盛って手に入らなかったもの無さそうな気がしない?」
 「無いな・・・・・・」
 「ほらね。って、少しは否定してよ。ちょっとムカついたんだけど」
 「同感」
 「・・・お前にはあるのか?手に、入らないものが」

 藍錆色の目が望美を射抜く。
 嘘やごまかしはきかないと言うかのような鋭い視線。
 口元にはいつものように笑み。
 まるでいたぶりがいのある獲物を見つけた肉食獣のようだ。

 「あるよ」

 簡潔に、ただ一言だけを、迷いなくきっぱりと言い切る。
 ほう、と知盛は愉快そうに呟く。
 無言で続きを促された。

 「欲しくてどうしようもなくて。でも、いっつも手に入らなくて、 いい加減あきらめればいいのにって自分でも思うんだけど。でも、やっぱり欲しいんだよね」
 「妬けるな・・・」
 「は?」
 「それだけお前を縛るもの、なのだろう?」
 「あのね、『もの』に妬いてどうすんのよ。大体なんで知盛が妬くの?」
 「物じゃあ、ないだろう。お前が求めているのは」
 「何、言って・・・」
 「お前が欲しいのは人だ。・・・違うか?」

 ドキリとした。
 疑問ではなく確認。
 先程の望美並みに迷いないその言い方に驚きよりも冷や汗を感じた。
 知盛は鋭い。
 敵に気付くのも。
 秘密に気付くのも。

 「なんだ、望美。お前、好きなヤツできたのか?」
 「違うって。なんで、そうなっちゃうわけ?」
 「違わないだろう・・・?」
 「違います〜!!!」
 「九郎か?ヒノエか?あ、譲とか?」
 「だから、そんなんじゃないってば!!もう、休憩終わり!!!」

 慌てながら焦りながら望美は立ち上がる。
 あとに続くのは苦笑を堪えも隠しもしない将臣と。
 何がそんなに気に入ったのか満足そうに笑みを深める知盛。
 こんなふうに穏やかな時間はそう長くは続かない。
 そう知っている望美は一抹の寂しさを覚えてため息をつく。

 「               」

 だから知盛が一瞬、瞬きより短いほどの時間だけ自分のことを見て。
 風に紛れてしまうほどの声で何事かを呟いたことに気付かなかった。















 「じゃあ、な」





 見上げた空はまばゆいまでに青く、視界の中心には風になぶられて舞う鴇色の髪。
 こちらへ伸ばされる腕はけして届くことはない。
 絶望に見開かれる翠色の瞳。
 それを見て、今までにない満足感を覚える自分を自覚する。
 全ては動機付けで理由付けだ。
 時空を越えるほどの執着を与える。
 ただ、それだけの。










 夜明けなど程遠い深夜の森の中、望月の光が木々の間から差し込んで思うほどに暗くはない。
 知盛は戦装束に二振りの刀を携えて、森を一人歩いていた。
 別に何かの用があったわけではない、意味もない。
 ただ、和議を目の前にした屋敷内は騒がしすぎた。
 和議でもたらされた平和など、どうせ長くはもたない仮初めの平穏に過ぎないことは 目に見えているだろうに・・・
 くだらない、そう一人ごちながら知盛は歩を進める。

 「待って」

 夜中の森でするはずのない声。
 振り返った知盛の視線の先にいたのは、長い髪に変形的な戦装束を纏った少女。
 こんな時間に何を好き好んでこんなところにと思わないこともなかったが、 興味を引かれるほどの事でもないので歩を進める。

 「待ってってば。無視しないでよ。知盛!!」
 「・・・・・・なんの用だ?」

 奇妙な女だった。
 「あなたの仇は私だよ」と悲しげに笑い、「覚えていて」とその身に似合わぬ剣を構え、 「源氏の神子」と目を逸らすことなく名乗った。

 「戦を憂いて和議を成そうとする神子殿が・・・・・・俺には剣を向ける・・・というわけか」
 「和議は成すよ。でもね、知盛は別」
 「何故、だ?」
 「あなたが私に言ったんだよ。交わす言葉に意味はないって、剣が全てを伝えるって」
 「俺が・・・?」
 「そう、あなたが遺していった」

 少女、望美は遠いいつかを思い返すような瞳で知盛を見た。
 もちろん、そんな瞳で見られるようないわれは知盛にはない。
 けれど悲哀を滲ませた真剣な表情に惹きつけられた。
 何を知っているのか。
 何を思っているのか。
 刀を交わせば答えが出るのか。

 「来いよ・・・・・・その剣でお前を感じさせてみろ・・・」

 望月が闇を照らす森の中、風は無く、虫も鳴き止み、響くのは金属のぶつかり合う音と 対峙する二人の息遣い。
 永遠に続くかと思えるような小気味好い剣戟の響き。
 それを打ち破るようにグサリと嫌な音がした。
 途端、周囲に漂う鉄の匂い。
 ポタリ、と雫の落ちる音。
 赤黒い液体が望美の剣を滴り落ちていく。
 クッ・・・と鼻にかかった低い笑い声。

 「宴もここまで・・・か。確かにお前は刻んだな・・・。この傷と、お前自身を」
 「当たり前だよ、忘れさせないために剣を振るったんだから。 私があなたに傷を受けたように、私があなたを求めるように」
 「また、『俺』か・・・」
 「そう、だね。『知盛』は私の中で大きな存在だから。・・・・・・ねぇ、だから今度は知盛が求めて?」

 知盛が望美から手渡されたのは、手のひらにあっさりと納まるほどの白い何か。
 首から提げておくための紐を通してあるそれからは強い力を感じた。
 知盛は手のひらにあるものによく似たものを見たことがあった。
 清盛の持つ黒龍の逆鱗、死者の魂を怨霊に変えてしまうほどの力をもつあれに、 似て非なるこれは・・・。

 「白龍の逆鱗か・・・」
 「それがあれば、あなたは私を追える。時空を越えて、どこまでも、何度でも」
 「お前を追う・・・。そんなことを俺がすると思うのか・・・?」
 「するよ。知盛は絶対にする。付けられた傷と彫りこまれた存在を、刻み返しにあなたは来るよ」
 「そう・・・かもな。それで、『今の』お前はどこへ行く?」
 「知盛の・・・手の届かない何処か、かな。だから、そう。『私』はきっともうあなたには会わない。 ・・・・・・バイバイ、だよ」

 にこりと満足げな笑みを浮かべたあと、望美はくるりと知盛に背を向けて振り返ることなく歩き出す。
 知盛はそれを引き止めることなく、黙って見送った。
 残されたものは、手のひらの上の白い逆鱗。

 「上出来だ・・・。お前の思い通り・・・追いかけてやるさ」
 淡く発光するそれを握り締めて知盛は薄く笑った。
 一方、知盛のその言葉を聞いた望美は相変わらず振り向くことなく歩を進めながら、 小さく笑みを浮かべる。

 「          」

 小さく小さくほとんど口の中で呟いた言葉は誰に聞かれることもなく、 望月が静かに丙夜の森を照らしていた。




















 「借りを返すのは・・・もうすぐだな」





 「これでおあいこだよ」




















 今日もどこかで時空を越える。
 終わることない追いかけっこを、始めたのは果たしてどっち?










 「知盛×望美 自給自足阿弥陀」投稿作品。
 読み返したら恥ずかしすぎて、手直しなんか出来ませんでした。
 

 追いかけて
 追いかけられて
 メビウスの輪は歪みっぱなし


 060910作成