Something out of the ordinary


 もう昼も近い勝浦の宿。
 部屋の中には、銀の髪が美しい猛獣が一匹。
 将臣が言っていた通り知盛は二振りの愛刀を手元において、 入り口側に体を向けて、横向きに寝ていた。
 望美が部屋に入っていっても起きる気配はない。

 「知盛。ねぇ、起きてよ」
 「……」
 肩のあたりを少し叩くが、反応はなし。
 気持ちよさそうな寝息を立てたまま。
 「知盛。知盛ったら!」
 「……」
 さっきよりも大きな声で、少し強めに叩いても効果なし。
 相手は身じろぎ一つしない。

 「と〜も〜も〜り〜!!…将臣くん、起きないよ〜」
 望美は柱に背中を預けて、腕組みをしながらこっちを見ていた将臣を振り返る。
 「だから、言ったろ?」
 長い前髪をかき上げながら将臣は苦笑する。
 そんな将臣の余裕ある態度に望美はぷうっと頬を膨らませて、 もう一回、知盛の方を向いた。
 「ねぇ!とももり〜〜〜!!!」
 叩くのではなく、揺らす。何かをねだる子供のように、思いっきり。
 何度も何度も。

 「…うるさい」
 低く艶のある声がしたかと思うと、望美は腕を引っ張られる。
 前のめりに倒れこんで、目の前には知盛の肩。
 しかも、いつの間にやら知盛の腕は望美の上にあって。いわゆる抱き枕状態。
 「なっ…!ちょっ、知盛!?」
 望美の声が裏返る。二人っきりでこうなったって恥ずかしいのに、 部屋の入り口には将臣がいるのだから。
 「腕、はずしてよっ!重い〜!!」
 「……」
 パニックになりながら望美は暴れるが、知盛の反応はなし。
 「クッ…」と喉にかかる、いつもの笑い声もしない。
 おかしいと思い、そろそろと顔を上げる。
 そこには、今までのやり取りがなかったかのような知盛の寝顔があった。

 「プッ。ククククク……」
 望美が唯一自由になる首を後ろに向けると。
 将臣が腹を抱えながら、笑いをこらえていた。
 「笑ってないで、助けてよ〜」
 こっちの気も知らないで、と睨めば。
 将臣が笑いをかみ殺しながら謝る。
 「悪りぃ、悪りぃ。ホラ、知盛起きろ」
 知盛の腕をどかして、望美の体を自由にする。
 自分の体を動かされているというのに、知盛は眠ったまま。
 死んでいるかのようにピクリともしない。

 「ったく、仕方ねぇな」
 頭をかきながら、呆れたように笑う。
 その目は年の離れたワガママな弟の面倒を見ているかのように、優しい。
 譲くんにはそんな顔しないのにと望美が思うと同時に、部屋の空気が変わった。
 源平の戦で何度か感じた。将臣の、還内府の、殺気。
 一変した雰囲気についていけない望美の目の前で、 将臣の大太刀が知盛の向かって振り下ろされた。

 「将臣くんっ!?」
 「…物騒だな。兄上は」
 ゆっくりと気怠そうな声の方に目をやると、 細い刀が二倍以上はありそうな将臣の刀を受け止めていた。
 ついさっきまで寝ていたはずの知盛の顔には、獰猛な笑みが広がっている。
 「こうでもしないと起きねぇだろうが。望美、抱えたまんま寝るなよ」
 「…これは失礼、神子殿」
 「なんで、まともな朝を迎えられないの〜!!」

 日常茶飯事だというかのように落ち着いている二人を見て、 望美の背中に冷や汗が走ったのも無理は無かった。
 









 私には珍しいコメディ風味、第一弾。
 チモを叩き起こし隊に登録したんだから、書かなければ!!と思って書いたもの。
 叩き起こしたのは将臣でした。
 なんだかんだ言ってお兄ちゃんは強いんだよ。
 次の日、望美が一人で起こそうとリベンジかけたのは、また別の話。
 ……いや、多分書きませんよ?(笑)