「俺を煽るその瞳」


 きらりと光るものを見た。

 そこには剣を地に刺し、空を見上げて目を閉じたままの源氏の神子…望美がいた。
 光っていたものは剣なのか、それとも…

 「…何故、泣いている?」
 「…っ、知盛!?」
 望美は知盛の姿を確認し、それと同時にその手に剣を取り、 急いでその場を離れるべく走り出そうとしていた。

 「源氏の神子」
 知盛がそう言葉を発すると、望美はその場に留まった。
 「な、何?」
 振り向いた望美の元へ知盛はゆっくりと近付く。

 「お前の居場所に入り込んだのは俺の方だ。お前が立ち去る事はない。 …ここで…泣け」
 そういいながら知盛は望美を自分の胸に引き寄せた。
 その刹那
 「―――――っ、知盛…」
 望美は堰を切ったように泣き出した。
 涙はとめどなく溢れてくる。


 「どし…ら……いの…?ど…した…ら……っえる…の?」
 ―――どうしたらいいの?どうしたら救えるの?―――
 とても小さな声だったが、胸元からそんな言葉が知盛に聞こえた。


 しかし…
 一体何故、この女を自分の元へ引き寄せたのか、
 何故、泣き場所を与えたのか、知盛自身にもその理由は不明だった。
 泣いている唯の小娘には興味など全くない。
 俺が求めているのものは、強者。そして最上の戦い…だ。
 その筈…なのだが……
 …まあ、いい…
 別段、煩わしいと思わないのも事実。今は、退屈しのぎの余興と考えるか…



 時間にすれば一刻の時が流れただろうか。
 望美にしてみればそれはとても短い時間のように思えた。
 「もう帰らなきゃ。…有難う知盛」
 しっかりとした笑顔でそう告げる。
 目線を知盛から高き空へと移した望美は凛とした表情だった。
 その瞳には何の迷いもない。
 …運命を変えてみせる…あなたを救うよ、必ず…
 無論、彼女の強い思いは知盛には届くはずもない。


 今の表情は…以前、垣間見た…剣をその手に持ち戦いをしている時のもの。
 ああ…それだ…
 俺の血を煽る、その焔の瞳…強い意志を持つ瞳。
 ほんの僅かな時間で、お前の瞳を変えた思いとは一体何だ?…


 知盛は望美の両肩を掴んだ。
 「知盛?」
 どうしたの?と望美は小さく首をかしげた。
 「今度会う時は、俺を…そんぶんに煽って楽しませてくれよ?」
 知盛は望美の唇に己のそれを重ねた。
 それは触れるだけの、優しいものだった。
 望美は瞳を見開いたまま、その頬を・耳をみるみるうちに朱へと染めていく。
 「…これは、その約束の証…だ。じゃあ、な…」
 知盛はそう告げると望美に背を向け歩き始めた。
 暫くして、遠く後ろから望美の声が聞こえた。
 「ば、ばか―――っ、私のファーストキスを返せ―――――っ!!」
 …クッ…威勢のいい女だ…
 さっきまで泣いていた女と同じ人物とはとても思えぬな。
 口の端を少し上げて知盛はそう考えていた。



 馬に乗って屋敷に戻り、部屋へ向かおうと廊下を歩いていると
 「よ、お帰り。お前もやらねぇか?」
 一つの部屋から将臣が杯を手に声をかけてきた。その部屋には重衡の姿もあった。
 「では、もう少しお酒と何かお持ち致しますね」
 「俺が行く、お前は座ってろって」
 「いえ、少しばかり酔ったようです。風にあたって参ります」
 「ウソつけ、知盛とお前が酔ったところなんて見たことないぜ?」
 「私はあまり飲みませんし、将臣殿がお考えになっているほど私はお酒に強くはないですよ。 では、すぐに戻りますので」
 兄上、こちらにどうぞ…そう言って席を用意してから重衡は部屋を後にした。
 「…あいつは俺より強いぞ」
 「マジか?」
 将臣は新しい杯を知盛へ渡し、酒を注いだ。
 「少し前まで経正と敦盛もいたんだぜ」
 「………ほう、敦盛もか…珍しいな」
 「ああ、笑ってたぜ。たまには気分転換しないとなぁ」

 酒を一口飲んで、知盛は今日の事を思い出していた。
 ―――――源氏の神子―――――
 …そういえば…

 「…おい」
 「ん?」
 将臣は知盛に目を向けた。
 「キス…とは何だ?」
 ブッ
 「……有川……」
 知盛は殺気を帯びた目で相手を睨んだ。口にしていた酒を将臣が吐き出し、
 知盛にもかかったせいだ。
 「…悪い、…って、お前、鯉口を切るなよ!」
 刀を引き寄せてすぐにそれを抜けるよう動きを見せた知盛に将臣は慌てて 両手を上げて突っ込みを入れた。
 冗談での行為なのか本気なのか…コイツは今一わからないと思う将臣は、
 自分の手の甲で己の口を拭いながら、側にあった布を知盛に渡した。
 知盛はその布で顔を拭く。

 ―――ファースト…その意味は以前、将臣が口にしていた事を知盛は記憶していた。 後は、それだ。

 「キスは口付けという意味だ。あ、海にいる食用の魚でも鱚と呼ばれるのもあるな」
 しかし、…俺、寝言でそんな事、言ったのか〜?
 続けて将臣はなにやらブツブツ言っている。
 そんな将臣に知盛は着替えてくると告げ、席を立った。

 「兄上、如何されました?」
 廊下に出て重衡に声をかけられた知盛は、彼が持っている膳に乗せられた木の実を1つ摘み、 己の口へと運ぶ。
 「…すぐ戻る」
 知盛はその場を後にした。

 失礼致しますと声をかけ、重衡は襖を開けて部屋の中へと入る。
 「知盛は着替えてくるって言ってたぜ」
 「今、兄上とすれ違いました」
 「酒をかけちまって…あいつ不機嫌だったろ」
 「いいえ」
 不機嫌どころかとても機嫌がよさそうでした。
 それも帰ってきてからずっと…
 兄上にとって今日は良き日であったのでしょうね…
 重衡は心の中でそう思っていた。


 クッ…初めての口付け…か…
 欲情などとは程遠い女(隠れて泣いている唯の小娘)
 艶など感じられぬ幼き者(一瞬だけの事にあんなに顔を赤くして)
 それでも、あんな触れるだけの口付けで、
 柄にもなく魂が震えたような気がした。
 もっと貪ればその意味がわかったのか…?


 野生の獣のような源氏の神子を俺は欲している。
 だが…

 「今日のそれも悪くはない…か…」


 …この俺も落ちたものだ…あんな小娘に。
 ……源氏の神子。
 お前になら殺されてもいいとさえ思った。

 お前が持つ
 その焔の宿ったその瞳だけが
 俺を生かし、俺を殺す。

 お前は源氏を守る神子なのだろう?
 ならば…ならば早く俺を殺しに来い。
 お前との戦いは生を感じる事の出来る貴重な時だ。

 生と死の狭間で俺は生を感じる。

 まあ、負けるつもりもないが…な。

 廊下より月を見上げ、知盛は望美に思いを馳せていた。
 その感情の名も知らずに。














 あっは〜んvvもらっちゃいましたよ〜〜!!
 まずは十夜へ。
 小説書きでもなんでもないのに、無理やりなお願い聞いてくれてありがとぅ!!
 ホントにアップしちゃったから(笑)

 この作品は明月がいただいた大切なものです。
 苦情は一切受け付けません。
 そんなことをするヤツは、サイトから締め出しちゃうゾ★


 あ、書き忘れるところでした。
 作者様いわく「捏造です!!」とのことです。