His envy at...


 「どうしよう?」

 トリュフ、チェリーブランデー、ウイスキーボンボン、カレラ、生チョコ・・・・・・
 目の前のショーケースには様々なチョコレート。
 色々な種類があって、正直悩んでしまう。
 というのも、贈りたい相手の好みがイマイチ掴みきれてないから。
 甘いものはあまり好きではないのだと思う。
 かと言って、食べないわけでもない。
 いっそ、甘いものが全然ダメなら他のものを買うのに。
 中途半端だから、やっぱりチョコをあげたくなってしまう。
 だってバレンタインだし。
 本当は手作りチョコを渡せたらいい。
 けれど望美は自分のことがわからないほどバカじゃなかった。
 一コ下の幼なじみどころか、渡す相手よりも料理が下手なのにどうしろと?
 チョコは湯せんで溶かすことをつい最近まで知らなかったのは乙女の秘密だったりする。

 同じようなトリュフでもブランドが異なれば味もずいぶん違う。
 おかげでさっきからぐるぐるとデパート内を行ったり来たり。
 どれもこれも同じように見えてきて。
 いっそ、「どれにしようかな」で決めてやろうかとも思う。
 思うだけで、実行には移せないけれど。
 うんうんと唸りながら、ぐるぐるとショーケースを見て回る。
 試食なんかもしてみたりして。

 「なんか、いまいちコレっていうのがないんだよね」

 明るい店内、茶から黒の宝石、暖かく甘い空気、店員の笑顔。
 世界が違うのだ、贈りたい相手とは決定的に。
 あの人は暗く、冷たく、静謐な世界を好む。
 それでも、甘ったるい世の流れと絡ませたいのは望美のワガママだ。
 軽くため息をついた瞬間、不意に視界の端にうつる影。
 ゆるく束ねられた長い黒髪。
 思わず、そちらに向かって小走りになる。
 外でバッタリなんて滅多にない。

 「泰衡さん!」

 ゆっくりと振り返る、その動作にあわせてゆるやかに流れる髪。
 少しキツい感じのする黒曜石のような瞳。
 整った容貌は周囲の視線を集めていて、けれど本人はそれを全く気にかけない。
 望美としては、かなり視線が痛い。
 とくに女性からの。

 「ずいぶんと買ったな」
 「お父さんのと、譲くんと、将臣くんと・・・・・・」
 「あの2人か」
 「でも」
 「何だ?」
 「肝心なのが決まらないんです・・・」

 それを本人に言うのか?と言って泰衡は苦笑する。
 最近よく笑うようになったと思う。
 笑うといっても、そのほとんどが苦笑だけれど。
 それでも、表情が平泉にいた頃よりやわらかくなった。
 口調も突き放す感じが減ったような気がする。

 「頬が赤いな」
 「室温高いうえに、人口密度高いんですもん」
 「さっさと適当に決めてしまえばいいものを」
 「適当じゃダメなんです!」
 「まったく・・・。変なところで頑固だな」

 男にとってどうかはわからないけれど、女にとってバレンタインは一大イベントだ。
 本命がいるならなおさら、選ぶのに時間がかかっても仕方ない。
 ショーケースの前の女の子たちだって、選ぶ視線は真剣そのもの。
 最近は製菓メーカーの陰謀もあって手作りチョコがはやっているけれど、 その一方で有名どころのチョコだって売れている。

 「だって、どうせなら相手が気に入るものあげたいじゃないですか」
 「別に何でも構わないが」
 「カカオ99%チョコの詰め合わせでも?」
 「あぁ」
 「嘘っ!?あれはちょっと人間の食べ物として問題ですよ!!お値段それなりだからタチ悪い!」
 「甘いものだと思って食べるからだろう」
 「チョコは昔から甘いものと相場が決まってるんです!あれはチョコに対する冒涜ですよ!!」
 「それはお前の主観だ」
 「・・・反応が冷たい」
 「甘いものはあまり得意ではないからな」

 そういう問題ではないような気がする。
 泰衡はチョコにしたらビターどころかカカオ85%くらいだろう。
 99%では無いと思うのは、半分くらい望美の願望だ。
 たまには甘いところもあるはず・・・多分。

 そこまで考えて、ふと頭をよぎるチョコがあった。
 甘いのが苦手というなら、カカオ何%からが好きなのか試してみるのもいいかもしれない。

 「決まったか?」
 「なんで、わかるんですか?」
 「お前はすぐに顔に出る」
 「どーせ、単純ですよ。いじけてやる」
 「馬鹿言ってないで、さっさと買って来い」
 「はーい。じゃ、ちょっと買ってきますね」

 店内と違って外は寒い。
 自動ドアが開いた瞬間に流れる冷たい風に望美は思わず首をすくめてしまう。
 通りのあちこちにハートマークとSt. Valentine’s dayの文字。
 ピンクや赤のそれらは少し前を歩く泰衡にはあまりにも不似合いだ。

 「どれくらい、かかったんだ?」
 「何がですか?」
 「俺と会う前から決めかねていただろう」
 「・・・内緒です」
 「そうか」
 「反応薄っ!!食いつきが悪いですよ!」
 「食いつくような話題か?」
 「全然ですね。って、そういう問題でなく!!」

 意味の無い会話が、かなり一方的だけれど弾むようになったのはつい最近。
 泰衡は他愛の無い話をするような性格ではないから、前は2人で歩いていても無言のことが多かった。
 いたたまれなくなるような、どうにか打ち破らないといけないような、そんな痛い沈黙ではなかったけれど。
 それでも会話があるほうがやっぱり嬉しい。
 会話の端々に浮かぶ泰衡の人となりや、好み、価値観、そういったものを知っていくのが楽しい。

 「って、なんで私は泰衡さんちに来ちゃったんだろう?」
 「お前が勝手に付いてきたんだと思うが」
 「だって泰衡さんが斜め前を歩くから」
 「どこに向かっているかくらい、歩いているときにわかっただろう」
 「うっ・・・。そこを突かれると痛いんですけど」
 「帰るか?」
 「お邪魔します」

 相変わらずモノトーン調で無駄なものが無い家の中。
 色を与える数少ないものが、自分専用のマグカップとかだなんてあまりにもベタだ。
 勝手知ったるなんとやらで、望美はやかんを火にかける。
 泰衡には無糖のブラックコーヒー、自分用にはこの前買ったストロベリーフレーバーの紅茶。
 イチゴの香りが強いこれは泰衡の目の前で飲むと、眉間の皺が2割増くらいになるのだけれど お気に入りでよく飲んでいる。

 「匂いが甘い」
 「さっきまでチョコの甘ったるい匂いの中にいたじゃないですか」
 「いたのはお前だ」
 「そうでしたっけ?」

 真っ黒な革のソファに座る泰衡にコーヒーを手渡して隣に座る。
 黒尽くめの服に長い黒髪のわりにソファの黒に埋もれてしまわないのは泰衡自身の存在感か、 手に持つカップが真っ白なせいか。

 「どんなチョコを選んだのか、気になりません?」
 「いや」
 「・・・冷たい」
 「すぐに渡されるのに、わざわざ気にする必要が無いと思うが」
 「そうですけど〜」

 あれだけ一生懸命考えて決めたんだから、もう少し気にしてくれたっていいと思う。
 反応が薄いというか、冷たいというか、そんなことは初めからわかっているし。
 その冷たさの中に潜む優しさに惹かれているんだけど。

 「時間がかかったのは喜ぶべきか否か」
 「え?」
 「他のものはすぐに決まったのだろう」
 「あ、はい。他の人のは毎年似たようなのですから。それがどうかしましたか?」

 ふ、と泰衡が笑う。
 苦笑に似たような、少し呆れが入ったような。
 こういう笑いをするときは、鈍いとかなんとかよく思われていないことが多い。
 何か、まずいことを言ってしまった?

 唐突に肩を抱き寄せられる。
 自然と望美の頭は泰衡の胸の上。
 いまだにこういう接触に慣れない望美の顔は真っ赤だ。
 胸が高鳴るなんて可愛いものじゃなくて、心臓が飛び跳ねている感覚。
 こっちはドキドキしてどんな顔をすればいいか全然わからなくて焦りまくっているのに。
 そうさせている本人はいたって涼しい顔で悔しい。
 きっとそんなことを考えてるのも向こうには筒抜け。
 思ってることがすぐに顔に出るらしいし。
 少し深くなる笑みがその証拠。
 まだまだ、追いつけそうにもない。

 「お前といると自分を再発見するな」
 「はい?」
 「こんな感情をもっているとは思わなかった」
 「どんな感情ですか?」
 「自分で考えろ」
 「わっかんないですよ〜」

 さらさらと髪を撫でてくれる手が優しい。
 穏やかに流れる時間は平泉にいた頃には無かったもので、とても愛しい。

 「泰衡さん、ヒントください。ヒント!」
 「他の男のものはさっさと決まったんだろう?」
 「・・・・・・へ?」
 「わかったか?」

 思わず綺麗に整った顔を見上げる。
 澄んだ黒曜石に茶化す雰囲気は微塵も見当たらない。













 「嫉妬ぐらいするということだ」













 耳元にかかる吐息は思った以上に熱くて。
 もしかしたら意外と早く追いつけるのかもしれないと思ったのも乙女の秘密。








 

 泰望バレンタイン、自分的お題は「嫉妬」
 そのまんまです・・・
 やすんが嫉妬するってありえなさげですね。
 

 くだらないはずの感情も
 馬鹿らしいだけの焦燥も
 お前のためならいいかもしれない


 070213作成