A student preparing for...


 「だって、クリスマスなんですよ!!」
 『知っている』
 「知ってるなら、1日くらい・・・!!」
 『お前は自分の状況を知らないのか?』
 「わかってますけど・・・っ!!」
 『なら、大人しく家にいるんだな』

 そう言ったきり、プツリと切られる電話。
 もう何回も繰り返した会話。
 1日だけだからと泣きつこうが拝み倒そうが当日だろうがあの人は折れない。

 「クリスマスくらい、会ってくれたって良いじゃない・・・」



 望美は現在18歳、高校3年生。
 つまりは、受験生で、センター試験目前で、クリスマスだ年末年始だと浮かれてる場合ではなく、 机に向かって問題集とにらめっこをしていなければいけないのだ。
 それが正しい受験生で、世の中の大半の高校3年生の姿なのだ。
 とはいえ、街の中はイルミネーションで彩られ、クリスマスソングが流れている。
 子供たちはサンタさんへのプレゼントのお願いに悩み、カップルはお互いへのプレゼントに悩み。
 そんな幸せムードに少しくらい浸かりたいと思うのはいけないことだろうか。
 受験勉強の息抜きに、少しくらい・・・・・・

 「もう、1ヶ月以上会ってないのに」

 望美はうんともすんとも言わなくなったケータイを指ではじく。
 机の上に広がるのは英語の問題集とノート。
 長文問題は読む時間がネックになるので数をこなさなければならない。
 いろんな文章を読んで読んで、時間を短縮できるように。
 けれど、かなりの語数の英文を読むのはやはり大変で、思うように進まない。
 その上、設問も厄介なのモノが多く、ただの英文和訳でさえおぼつかない。
 他の科目だって似たようなもので、みんな同じ状況だと知っていても気が滅入る。
 やってもやっても、ちっとも学力が上がったとは思えなくて。
 それでも、やらないわけにはいかず。
 毎日毎日、息が詰まるほどに単調な生活。

 せめてクリスマスくらい・・・

 それがワガママであることくらい、望美にだってわかっている。
 会わないのは受験勉強の妨げにならないようにだということも。
 電話をくれるのは行き場の無い不安を吐き出せるようにだということも。
 なんだかんだ言いながら泰衡は望美のことを思ってくれている。
 決して言葉にはしないし、ほとんど態度にも表れないけれど。
 それはちゃんとわかってる。
 それでも会いたいくらいに泰衡欠乏症なのだ、今の望美は。

 くるくるとシャーペンを回しながら問題の続きに取りかかる。
 前置詞や接続詞なんかの穴埋めはまだ大したことは無いが、問題は和訳だ。
 日本語がどう考えてもおかしい。
 主語についての説明が長い文はいまいち動詞を見つけづらく、また日本語に直しづらい。
 気分の切り替えもうまく出来ずに、思考はぐるぐると堂々巡りで完全に行き詰ってしまう。
 どうせ会う気が無いのなら、電話なんてしてこなければいいのに。
 電話なんてされるから、もしかしたらなんて期待をしてしまう。
 無ければ無いで落ち込むに決まってるんだけど。
 消しゴムをかける手に力が入る。
 くしゃりと歪んでページが折れた。

 「あ〜もうっ!!」

 気分転換に紅茶でも飲もうと望美は1階に降りる。
 そこはしんと静かで冷たかった。
 平日の昼間だから父親は仕事、母親も出掛けていていない。
 そこそこ大きい家には、今は望美一人だけだ。
 だから余計に会いたくなるんだろうなぁ、などとやかんを火にかけながら思う。
 やかんの中の水の音は独特だ。
 段々と下の方で沸騰している音がし始めて、ある時ふと音が変わる。 そうすればすぐに水蒸気圧でやかんの口が鳴く。
 泰衡欠乏症もこんな感じなのだろうか。
 段々たまって、極限まで上がって、どうしようもなくなって騒ぎ始める。
 やかんと違うのは止められる人間が一人しかいないこと。
 止められるという行為がおそらくはクセになること。
 だから彼は止めてくれない。けっして甘やかしてはくれない。

 濃い目に入れた紅茶に牛乳を注いで電子レンジへ。
 本当は鍋に牛乳と茶葉を一緒にかけるのが良いのだけれど、 時間がかかるうえに洗い物が増えるのであまりやらなかった。
 結局考えてるのは泰衡のことばかりでちっとも気分転換になっていないとしても、 休憩時間を長く取るわけにはいかない。
 試験まで時間が無いのは間違いないのだから。
 これで失敗して来年浪人なんて耐えられない。
 泰衡欠乏で間違いなく死んでしまう。
 レンジから出したカップが熱い。
 持て余して火傷をしそうだ。

 ふと2階で音がした。
 小さく響く聞きなれた着メロに望美は慌てて部屋へと駆け上がる。
 メールではなく着信を伝えるメロディ。
 しかも、とある個人限定。

 「泰衡さんっ!?」
 『勉強していたわりには声が弾んでいるようだが?』
 「それは今、1階にいてダッシュで戻ってきたからで・・・!!どうして・・・?」
 『過保護な幼なじみ殿に礼を言うんだな』
 「将臣くん、ですか?」
 『・・・・・・。出てこられるか?一日だけなら付き合ってやらなくも無い』
 「はいっ!!でも、今どこですか?おうち?」
 『下だ』
 「下?」

 望美は窓を開ける。
 門の前には黒尽くめの男。
 細く絹のような長い黒髪。
 黒曜石に似た瞳。
 一月以上も恋焦がれた。

 「出来るだけ早くお願いしたいものだな」
 「ちょっ、嘘。待っ、今行きます!!」
 「あまり連れまわすわけにもいかないからな。その辺を歩く程度だと思っていろ」
 「十分です!!」

 受験に集中しろと言われて会わなくなってから1ヶ月以上。
 週に2〜3回のペースで電話はあったけれど、やっぱり実際に会うのとは違って。
 会いたい会いたい会いたいと思った。
 せめてクリスマスくらいはと願った。
 あんなにも望んだ人物が目の前にいる。

 「たかだか3月までだろう」
 「1ヶ月が泣きたいくらいに長かったんですよ」
 「受験に落ちたらもっと長いと思うが」
 「ついさっき、そう思ってました」
 「贈り物など用意していないぞ」
 「会ってくれただけで十分プレゼントです」
 「あの戦神子と同一人物とは思えないな」
 「私を普通の女の子に戻したのは泰衡さんですよ?」
 「なら、俺をただの『藤原泰衡』にしたのはお前だな」
 「そうなんですか?」
 「俺をこちらへ引っ張ってきたのはお前だ」
 「そうですね」

 本当にただその辺を散歩するように歩く。ゆっくりと時間をかけて。
 電話で長くは無いといえ話をしていたのに、次から次へと話題は尽きることなく。
 他愛も無いことをただ夢中で話していた。
 歩く速度は遅いのに、時間がひどく速く流れていた。

 「少しは気が晴れたか?」
 「はい。でも・・・」
 「入試が始まれば、そんなことを言ってる余裕も無くなる」
 「そうかもしれないですけど」
 「お前が受かれば、来年は一緒にいられると思うが」
 「が、頑張ります」
 「お前だけが耐えているわけではないと気付くべきだな
 「えっ?」
 「帰るぞ」





 低く小さく落とされた声が実は聞こえていたと言ったら、あなたはどんな顔をするだろう。










 クリスマス・・・?
 ただの望美の受験話だったような・・・?
 来年はね、きっと甘い話がね。うん・・・多分。
 

 会えない日は寂しくて
 焦がれる日は切なくて
 全部全部あなたのせい


 061223作成