Feel uneasy about...


 この部屋はいつも暗い。
 フローリングの床。
 壁紙はアイボリーで日当たりは良好。
 それでもこの部屋は暗い。
 暗幕のような黒のカーテン。
 クロームメッキのシェルフ。
 黒いローボードとその上にあるあまり大きくはない液晶テレビ。
 家具はそんなに多くないがそのほとんどの色は黒。
 この部屋の主の趣味だから仕方がないのだけれど。
 それにしたって暗い。
 冷たく無機質な感じがする。


 けれど望美はそれを嫌ってはいなかった。
 その部屋が望美を拒んでいないことがわかるから。
 それはつまり、この部屋の主が望美を拒んでいないことを意味する。


 「座っていたらどうだ?」
 「だってフローリングが冷たいんです」


 上等な絹のように細く美しい漆黒の髪をゆるく束ねている男を望美は振り返る。
 昨日の雨のせいか外は晴れているというのに気温が低い。
 秋が近いということなのだろうか。


 「クッションにでも座っていればいいだろう?」


 この部屋には大きな丸いパウダービーズのクッションがある。
 望美が買ったもので色は白。
 部屋の雰囲気を壊さずに、けれど黒以外でと思ったらこれしかなかった。


 「汚れるの嫌なんです」


 ミルクティーの入ったマグカップを受け取りながら望美はにっこりと笑う。
 男は眉をしかめた。
 その手には望美とお揃いのマグカップ。
 ただし、中身はコーヒーだった。
 ブラック無糖の。
 はぁ、とため息をつくと男は部屋の真ん中にあるローテーブルにカップを置く。


 「お前のワガママは幼なじみの甘やかしのせいか?」
 「将臣くんも譲くんも関係ないですよ。相手があなただからです」
 「俺にどうしろと?」
 「え?う〜んと・・・・・・」


 特に考えがあったわけではない望美は考え込んでしまう。
 その愛くるしい表情を見て、気付かれないよう小さく苦笑をしつつ男は床に座る。


 「なんで座れちゃうんですか!?」
 「あいにくとお前ほど軟弱ではないからな」
 「な・・・っ!!??」


 男の、人を小馬鹿にしたような顔を見て望美は膨れる。
 こういう人だと知って、それでも離れられなくて。
 この世界にまで連れてきたのは他でもない自分。
 けれどやっぱり少しムカつく。
 むうっとしたまま、望美も男の隣に座る。
 床にぺたんと。
 クッションを使うことなく。
 男が呆れたように笑った。


 「すぐ挑発に乗るな」
 「誰のせいですか」
 「さあ、誰だろうな」


 5歳という年の差からくる余裕。
 悔しい。
 どうやったって年の差は埋めようがない。
 大体、なんだってこう尊大な態度なんだろう。
 実際偉い人だったっていうのはわかってるけど。
 それにしたって、もう少しマトモになれなかったんだろうか。
 こんな性格だから敵ばかり作っていたとわかっているはずなのに。



 違う、そうじゃない。



 自分が思ってるのはそんなことじゃない。
 けれど、なら何を思っているのかが望美はうまく掴めなかった。
 考えがまとまらない。


 「いつまで考え事にふけるつもりだ?」


 不意に腕をひかれる。
 慌ててテーブルに置いたカップはカツンと音を立て、少しだけ中身が零れた。


 「危ないじゃないですか!」
 「俺の知ったことじゃない。何を考えていた?」
 「それは・・・」


 望美は男から視線を逸らす。
 目の前の貴方のことだなどとは口が裂けても言えない。
 否、言いたくない。
 自分ばっかり相手のことを考えているなんて悔しすぎる。
 好きになったのは自分のほうが先だ。
 確かめたことはないけれど、きっと多分間違いない。
 それにしたって、もう少し何かないだろうか。
 向こうの世界にいた頃から男の態度はほとんど変わらない。
 不満なわけではない。
 不安なのだ。
 相手が自分のことをどう思っているのか、それがわからないことがたまらなく。
 普段ならこんなことを考えたりはしないのに。
 今の自分はおかしい。
 こどもみたいだ。
 頭がふわふわする。


 「いい加減こちらを向け」


 望美の頬に添えられる男の手はあたたかい。
 普段は冷たいと思っていたのに。
 思わず、その手に頬をすりよせた。
 男は望美の思いがけない行動に少しだけ瞠目するが、すぐにあることに思い当たる。
 今は15時を少し過ぎたところ。
 お子様体質な望美にはお昼寝タイムなのだ。


 「眠いならそう言えばいいだろう」
 「眠くない」
 「そんなに目が赤いのにか?」
 「眠くない」


 望美は頑なだった。
 強情といってもいい。


 「いいから、少し寝ろ」
 「嫌です」
 「何故だ?」
 「だって・・・・・・」


 寝室に連れて行こうとする男の手を振りほどいて、望美は俯いてしまう。
 男はただ黙ってその先が紡がれるのを待った。
 やがて小さく望美が口を動かす。






 「一緒にいるのに」






 小さく蚊が鳴くような声を男は聞き逃さなかった。
 まったく、と不機嫌そうに呟く。
 けれど漆黒の瞳は普段なら見ることのない優しい色を帯びていた。


 「少し待っていろ」


 隣の部屋から厚手のタオルケットを持ってくると望美にそっと掛けてやる。
 男の持ち物にしては珍しい、生成り色のそれを望美は嬉しそうに握り締めた。


 「ここで寝ればいい。それがあれば少しは寒さも和らぐだろう」
 「・・・頭の置き場がない」
 「そこにクッションがあると思うが?」
 「あれ、微妙に高いんです」


 望美は上目遣いで甘えるように男を見上げる。
 誘われていると思える行動も望美がやると子犬が甘えているようにしか見えない。
 実際、本人もその程度のつもりなのだろう。
 望美が暗に言わんとしていることに気付き、男は今日二回目のため息をつく。


 「勝手にしろ」


 ふにゃりと幼子のような笑顔を浮かべて望美が横になる。
 その頭は男の膝の上。
 しばらくは頭を動かしてしっくりくる位置を探していたがすぐに大人しくなった。


 「寝ている間にベッドに運んで部屋からいなくなってたら怒りますよ?」
 「わかっているさ」


 不安げに見上げてくる望美をあやすように。
 大きな翠色の瞳を今にも覆いそうな瞼に男はそっと口付ける。
 その熱に安心したのか、ゆっくりと望美は眠りへと落ちていった。


 「おやすみなさい、泰衡さん」








 

 リクエストを受けました「望美が泰衡に膝枕をされる」話でした。
 書いてたらなんか違うものになっちゃった・・・
 いつもの続きにはどうやっても挟めなかったので現代で。
 泰衡の部屋を考えるのが大変だったとかなんとか。


 こんな子供じみた想いでも。
 受け止めてくれる優しさを。
 理解しててもまだ足りない。


 060903作成