「私は、アイツを許さない!!」
 血を吐くような怨嗟の声を、私は他に知らない。


終末の森で待っていて。


 風を切る音と同時に頬に走る熱。
 反射的に触れれば手に付く、ぬるりと赤い血。
 また、やってしまった。

 「貴様は、何度言えばわかる!!」

 真っ黒な闇と冴え冴えとした青い月の光。
 草木も眠る丑三つ時。
 誰も彼も少ない休息を取る深夜の陣。
 そこから外れた森の奥で、望美は三成に刀を向けられていた。

 「ごめん、なさい」
 「学習能力というものが無いのか、貴様は。次は本当に殺すぞ」

 刀を仕舞いながら三成は望美を睨みつける。
 戦で野営を行うときは、ほぼ毎回起こる光景。
 深夜になっても休もうとしない三成に声をかけるタイミングを、望美はいつも間違える。
 おかげで毎回流血沙汰。
 といっても、浅く切られるだけなので大した出血量ではない。
 ただ、血が流れるそのたびに三成は微かに顔を歪める。
 敵でもない女を無闇に傷つけるのを三成は好まない。
 そうと知っていて、あえて切られに行く自分は大概だと望美は思う。
 けれど、他に声の掛け方がわからない。
 タイミングはいつもわざと外している。

 「もうそろそろ、休んだほうが良いんじゃないですか?」
 「私がいつ休もうと、貴様には関係ないだろう」
 「そうなんですけど。でも、吉継さんに休ませろって言われちゃいましたから」

 それは、嘘ではないが真実でもない。
 いつまでたっても休まない三成を見て右往左往している望美に、吉継が声を掛けるというのが本当のところ。
 最近では吉継の方も慣れたのか、行ったり来たりを繰り返す前に声を掛けられる。
 それを免罪符に、望美は森の中、過去に思いを馳せる三成に声を掛けにいくのだ。

 「貴様も飽きないな」
 「・・・?何に、ですか?」
 「私を気に掛けたところで、貴様には何の利点も無いだろう」
 「別に、損得で動いてるわけじゃないですから」

 損得で動いているのなら、石田三成の傍になどいない。
 日本史がからっきしの望美だって知っている。
 この先に起きるのは関ヶ原の戦い。勝つのは東軍、徳川家康だ。
 だから、望美が三成の傍にいるのは損得じゃない。
 ただ、放っておけなかっただけ。

 「三成さん、自分の顔色見たことあります?今にも死にそうなんですから、少しは休まないと」
 「貴様・・・・・・余程、死にたいらしいな?」

 三成が刀に手を掛ける。
 望美の背中に冷たい汗が流れた。
 三成には冗談が通じない。
 そんな初歩的なことをどうして忘れてしまっていたのか。
 目が、本気だ。

 「ちょっ、待っ、ストップ!死んじゃう、死んじゃいますから!!」
 「・・・・・・」

 無言のまま、三成は望美へと近付いていく。
 蛇に睨まれた蛙のように、望美は真っ青になって立ち尽くす。
 視線は外せないし、目を閉じることも出来ない。
 剣に手をかけるなんて、もってのほかだ。
 間合いに入ったと思った瞬間。
 ため息を一つ零して、三成は刀から手を外した。

 「間抜けな面を晒すな」
 「酷っ!誰の所為ですか!!本気で殺されるかと思ったんですよ!!」
 「それだけ口答えが出来れば、充分だな」

 三成は微かに口元を歪める。
 望美も引き攣りながら笑みを返す。
 今、このときは三成の意識が過去で無く、「ここ」にあることにそっと息をついた。

 「・・・・・・元々そういう顔色だって、ちゃんと知ってます。でも、心配なんですよ」
 「くだらん」
 「三成さんにとっては、そうかもしれないですけど」

 人の心配をバッサリと切り捨てる三成の物言いに、望美は苦い笑みを零す。
 傲慢で偏屈。
 安易に手を出せば、噛み殺しにかかってくる手負いの獣。
 石田三成という人間は厄介なこと、この上ない。
 それでも、放っておけなかった。
 だって、目を離せば知らないところで死んでしまいそうだ。
 暗闇に映える銀の髪。
 月の光で蒼く見える肌の色。
 精巧に作られたビスクドールのよう。およそ、生きている気配がしない。
 ただ一つ、憎しみを宿した瞳だけが闇夜の中で薄氷のように鋭く光る。
 こんなに苛烈で儚いものを望美は見たことが無かった。

 「行くぞ」
 「・・・・・・え?」
 「お前は私を連れ戻しに来たのだろう?」

 夜露に濡れる草木を踏み分けて、三成は陣へと戻っていく。
 月光に濡れた銀色が望美の横を通り過ぎる。
 その鮮やかな軌跡に目を奪われて、望美は身動きが取れなくなる。

 「どうした?」

 止まったまま動かない望美を見て、訝しむように三成が振り返る。

 「っあ。今、行きます!」

 慌てて望美は三成の後を追いかける。
 何歩か駆ければ、すぐに三成の横に追いついた。
 歩幅の違いを考慮してか、三成は心なしゆっくり歩く。
 本人も気づいてないだろうそれに、望美は笑みを隠せなかった。
 本当は優しい人なのだ。
 だからこそ、復讐の鬼なんて救われないモノになってしまった。

 「この戦、明日には決着がつきそうですか?」
 「つけてみせる。こんなところで時間を食っている場合ではないからな」

 三成の瞳の奥で憎悪の焔が揺らめく。望美はただ、それを静かに見上げる。

 止められない。
 豊臣秀吉がどういう人で。
 豊臣軍がどんなもので。
 三成にとってそれらがどれだけ大切なものだったのか、望美は知らない。
 想像は出来ても、それはあくまでも想像でしかない。
 望美が知っているのは三成が吐き出した、たった一言。
 この世全ての憎悪と怨嗟をかき集めたような慟哭。
 だから、向かう先が破滅だと知っていて、望美は止めない。
 せめて最期まで一緒にいるのだと。
 そう、決めた。

 「置いていかないでくださいね」
 「ならば、それなりの働きをしてみせろ。弱い奴はいらん」
 「わかってます」



 隣を歩くためなら、何だってしよう。
 この手が朱に染まることだって、今さらなんとも思わない。
 だから、どうか。
 死が二人を分かつまで。








 

 望美がトリップしたのは逆鱗の暴走ってコトで一つ。
 それにしても、BASARAはカタカナに制限が無いところが素晴らしいね!(笑)
 遙かだとやっぱりカタカナを使うことに抵抗があるので。
 あ、でも、三成って英語わかるのか?
 ま、いいか。


 漆黒の憎悪と。
 深紅の怨嗟と。
 月夜に君が果てるまで。


 100812作成

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