この話は紫の嫉視、透明の瞭察を前提に置いています。
 ですが、別にこれだけでも話はわかります。


あざやかに揺らめく残像。


 「銀!」
 「神子様。何か御用でしょうか?」
 「用ってほどでも、無いんだけど・・・」

 振り返る銀に望美は明るく笑いかける。
 吉野で出会ってからまだ一月ほど。
 けれども望美は他の八葉と接するのと同じように銀に接する。
 初めの頃のような激しい動揺を見せることも無い。
 平泉での生活に望美はすっかり馴染んできていた。
 それでも。
 それでも、ふと望美が瞳を翳らすことに銀は気付いていた。
 隣で話しているときよりも、遠くからこちらを眺めているときにその傾向が強いことを知っていた・・・・・・。








 「神子様、こちらにいらっしゃったのですか」

 高く高く晴れ渡った、真っ青な空。
 黄金の都の二つ名にふさわしい姿を見せようとするのか、木々は赤よりも黄色に色付いて。
 葉は穏やかな日差しの中でひらひらと柔らかな色を翻しながら舞い落ちる。
 手入れの行き届いた庭を、何をするでもなく眺めていた望美に銀は声をかけた。

 「どうしたの、銀?」
 「お部屋にいらっしゃらなかったものですから。お身体の加減はよろしいのですか?」
 「ちょっとだるいだけ。みんな心配性なんだよ、大丈夫って言ってるのに」

 中尊寺で呪詛の種を見つけてから、望美たちは毎日のように平泉のあちこちに埋められている呪詛探しをしていた。
 呪詛の種は龍脈を穢す。
 そのため龍脈から力を受ける望美の体調は万全ではなかった。
 それでも呪詛の種は望美でないと浄化できない。
 望美は持ち前の明るい笑顔で体調不良を感じさせること無く、自らすすんで呪詛探しを行っていたのだが。
 連日あちこちを走り回っていたせいか今朝の顔色はさすがに酷く。
 弁慶から一日休養を言い渡されていた。

 「そう言って神子様は無理をなさいますから。今日一日は屋敷の中でゆっくりなさってください」
 「でも、みんな呪詛探しで忙しいのに。・・・私は何にもできない」
 「呪詛の種が見つかれば祓うこともできましょう」
 「それは、そうなんだけど・・・」
 「今、外に出て行かれては皆様からのお叱りは免れませんよ?」
 「うっ・・・・・・。それは、困る。朔も譲くんも怖いし、弁慶さんの笑顔も・・・」
 「ですから、今日はお休みください。もしもお暇なのでしたら、私がお相手致しますが」
 「いいの?」
 「はい」

 身体に負担をかけずに二人で出来ることは限られていて。
 結局、望美と銀は外を見ながら他愛もないことを話していた。
 ただ一点、ある内容だけは触れないように気遣いながら。
 その話題になれば望美が傷付くことは目に見えていた。

 「神子様はそれを気に入ってらっしゃるのですね」

 銀の視線が望美の左手首の水晶に注がれる。
 くるくると何回も巻かれた細い皮の先についた二つの透明な水晶。
 普段から望美が肌身離さずつけている腕飾り。

 「あぁ、これ?・・・夏の初めの頃にもらった物だよ」
 「・・・・・・知盛殿に、ですか?」

 優しく水晶を撫でる指先。
 それだけでどのくらい腕飾りを大切にしているかがわかってしまった。
 ほんの少し細められる眼差し。
 それが今はいない彼から貰ったものだということを雄弁に語っていた。

 「どう・・・して?」
 「神子様がそんな瞳をされるのは、知盛殿に関係のあるときが多いですから」

 望美の瞳が純粋な驚きと微量の期待に揺れる。
 その揺れを鎮めるように銀は穏やかな笑みのまま。
 「銀」である自分では、求められても応えられない。
 かと言って、それを直接口にすることなど出来るはずも無かった。

 「私、今どんな顔してるの?」
 「彼岸を思うような、痛みに耐えるような瞳をしていらっしゃいます」
 「そっか・・・。銀が言うなら、そうなんだろうね」

 観念したような自嘲の色をのせて望美は笑う。
 俯き加減の瞳は痛いと確かに叫んでいて。
 手を伸ばそうとする。
 労わるように、慰めるように。
 けれどその手が届く前に望美は頭を振る。
 平気だから、気にしないで。
 小さな声はどうしようもないほど震えていた。

 「確かにこれは知盛からもらった物だよ。・・・あの人が遺したものってほとんど無いから」
 「神子様・・・」
 「自分が。自分で、殺した相手なのに。こんなに大切で、こんなに苦しいなんて、笑えないよね・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「ごめん」
 「神子様?」
 「銀を傷付けてるってわかってるのに・・・。ごめん、ね」
 「謝らないでいただけませんか。元はといえば、私が神子様の琴線に触れるようなことをお話してしまったのですから」
 「・・・・・・うん」





クッ・・・・・・




 聞き慣れた、もう聞くはずは無い、喉にかかる笑い声が聞こえた気がして望美は跳ねるように顔を上げる。
 目の前では普段通りの銀が心配そうな顔で望美を見ていた。
 穏やかな瞳も、優雅な物腰も、全て普段通り。
 さっきの笑い声にも気付いている様子は無かった。

 「銀・・・・・・?」
 「どうかいたしましたか?」
 「ううん、何でもない。気のせいだよね、きっと」

 先程よりは良くなったものの、望美の顔に浮かぶのは痛みを押し殺した笑顔。
 右手に握り締められているのは透明な水晶。
 知盛を想うその姿に、銀はただ微笑みという安心を与えることしか出来なかった。








 黒衣が翻る。
 泰衡の背中が渡殿から完全に消えるのを見送って銀は柳御所を出た。
 空には上つ弓張の月。
 望月にはまだ遠い。

 「大切・・・か。・・・・・・クッ。相変わらず、楽しませてくれるじゃないか・・・」

 昼間の神子の姿を思い返す。
 雨の勝浦で会ったときと同じ、彼岸を、死人を想うような色の瞳。
 今日のあの会話では、その奥の火花は見えなかったが・・・・・・。
 それもまた、「知盛」のためだと言うのなら悪くない。

 「問題は・・・有川か。流石に兄上は、聡くていらっしゃる・・・・・・」

 ここ最近、有川がこちらを見る目つきが鋭くなった。
 敦盛は銀を重衡としてしか疑っていない。
 だが、還内府として平家を率いてきたあの男の目は誤魔化せないだろう。
 今はまだ重衡と知盛で半々、けれどすぐ真実に辿り着く。

 「まぁ、気付いたところで・・・。誰に言うとも、思えんがな」

 有川のことだから、神子本人が銀の正体に気付かない限り話したりはしないだろう。
 むしろ気付かなければいいと思うかもしれない。
 その願いを叶えてやるつもりは無いが。


 昼間の目の端に涙を浮かべた神子の姿が脳裏に浮かぶ。


 「今は、せいぜい悩めばいいさ・・・。お前は俺のもの、だろう?龍神の神子・・・・・・」

 山の端に沈んでいく、未だ満つることのない月。
 冴え冴えとした光が、獰猛な肉食獣の藍錆色を映し出していた。








 

 「銀=知盛の設定で、銀に知盛を重ねて思い悩んでる望美を見てちょっと楽しんでる知盛」
 というリクエストでした。こんな感じでいかがでしょうか、えりざ様?
 自分で書いておいてなんですが、自分のことを「知盛殿」って呼ぶ知盛って気持ち悪いっすね(笑)
 リクエストありがとうございました!!


 獣に魅入られたその日から
 彼女は彼の掌の上


 070909作成

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